はるの魂 丸目はるのSF論評


凍月

HEADS

グレッグ・ベア
1990


 原題は、「頭たち」である。冷凍された頭をめぐる話…である。内容は、グレッグ・ベアの同シリーズ作品で、本書の後に描かれた「火星転移」と同様に、一方で政治と人間の関わりを描き、一方で量子理論を描いている。語りも1人称であり、政治家の若き日の回想である。「火星転移」では女性だったが、こちらは男性。舞台は月であり、「火星転移」より以前だが、本書を読んでいなくても「火星転移」を読むことに不都合はない。
 著者が、1998年に本書向けに書き下ろした前書きで、本書のテーマ、目的は詳しく書かれている。また、量子コンピュータの可能性についてSFにおいて示唆した最初の本として位置づけている。
「火星転移」と似たような内容であり、そこで言いたいことは書いてしまったので、あまり本書について書くことはない。もちろん、独立したSFとして読めば、「頭たち」のおもしろさに惹かれる。死を前にして、いつか自分の復活を願う。キリスト教のテーマでもあろう。ただ、「頭たち」は、終末の日の再生と復活ではなく、現世、未来への再生と復活を願い、頭を切り取り、特殊な方法で冷凍保存することを望んだ。しかし、100年以上経ち「頭たち」を管理していた団体は財政が困窮し、復活の見通しが立たない「頭たち」はまとめて売りさばかれる。もちろん捨てるわけにはいかない。「頭たち」から情報を取り出せないかと野心を持つ者が、それを買い求めた。そして、月に運ばれ、地球と月との間、月の内部、火星と月の間に大きな騒動を巻き起こす。「頭たち」は、騒動のきっかけにしか過ぎないのだが…。
 冷凍睡眠、冷凍保存、コンピューター空間へのバーチャルな精神保存など、現世での再生はSFの大きなテーマである。人間の原罪としてのテーマかもしれない。死に対する畏れと、再生に対する希求。私は、もし輪廻転生するとしても、今、生きていることに誠意をつくしたい。あとは、あとのこと。
 どうして、この小説が、邦題で「凍月」になったか。もちろん、そこには納得のいく理由がある。もうひとつの柱である量子理論が「凍月」と深く関わる。
 日本人は「月」が好きである。「凍月」という単語には、自然の神秘と情緒が重なり合う。うまくつけたものである。
「女王天使」「火星転移」「斜線都市」を読んで気に入った人は、ぜひご一読を。あるいは、グレッグ・ベアを一度読んでみたい人も、本書は中編で読みやすいので一度いかが? 第28回星雲賞・1996年SFマガジン読者賞。


2004.2.21



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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