はるの魂 丸目はるのSF論評


ルナ・ゲートの彼方に

TUNNEL IN THE SKY

ロバート・A・ハインライン
1955


ハインラインのジュブナイルである。ハインラインは、子どもに優しく、そして厳しい。高校の外惑星サバイバル授業で最終テストを受ける主人公たち。事故で地球に戻れなくなった少年達は、そこで生きていくしかない。生き残り、仲間を集め、社会を築きながら、生きていく。そして…。
 あとがきで、大森望氏が、ねたばれ承知で的確に論じている。とにかく、ハインラインは、子どもに優しいが、その優しさにはひとりでも生きぬけという厳しいつきはなしが常にある。「宇宙の戦士」は、そのことを衝撃的な状況で描き、その後のSFに大きな影響を与えている。
 さて、「15少年漂流記」をはじめ、子どもたちだけが厳しい環境に取り残され、そこで人間ならではの問題を抱えながら生きていく小説は数限りなくある。たいてい最後には助かるのだが、助けられた子どもは、その後の人生をどう生きるのだろうか。どのように、その時を振り返るのだろうか。助けた人に感謝するだろうか。それとも、そこで生き抜けていたと思うだろうか。
 子どもにとって、あるいは大人にとってもだろうが、現実は小説ほど優しくない。そして、小説の中にだって、現実は侵入しているのだ。小説を通して現実を知る。最後に読者まで突き放す、優しくない小説である。
 もちろん、本書「ルナ・ゲートの彼方に」は手放しで楽しめるエンターテイメント・ジュブナイル小説である。

 さて、本書「ルナ・ゲートの彼方に」の本題とはずれるが、1955年に書かれた本書は、「第一次世界大戦前には、世界は飢餓寸前のところで生きていた。第二次世界大戦前には、地球の人口は毎日5万5千人ずつ増えていた。第三次世界大戦前の一九五四年にはすでに、口と胃袋の増加率は日に十万にまではねあがり、人は一年に三千五百万、多くなっていたものだ…当時のテラの住民数は、テラの耕地が養うことのできる人口を、はるかに上まわっていた」と、まとめている。
 1950年の世界人口が約25.1億人、1960年には約30億人と急増している。1954年の世界は、ソ連が水爆を開発し、アメリカが原子力潜水艦を完成、アメリカ国内では赤狩りが起こり、大量報復戦略を打ち出し、フランスはベトナム人民軍に破れ、世界はいまにも第三次世界大戦に突入しようとしていた。しかし、最後の最後に踏みとどまった人類は、その後も切れ目なく戦争を続けながらも、人口を増やし、60億を超えるところまで来ている。現在、人口は年間7700万人規模で増加している。飢餓人口やスラム人口は増えているが、私たちは地球の許容量を超えてしまったのかどうか。
 ハインライン流に言えば、すでに許容量を超えているのだろう。我が国の憲法にあるように「豊かで文化的な最低限度の生活」を過ごせてはいないわけだから。
 古いSFの未来予想は、たいてい一部が当たり、多くがはずれている。しかし、書かれた当時の社会状況と実際の歴史を振り返ってみるとき、私たちは、その予想から多くのことを学ぶことができる。
 その中でも一番大切なことは、希望を持つということである。ハインラインの小説には多くの希望が詰まっている。ちょっとほろ苦いけれどね。

(2004.2.29)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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