はるの魂 丸目はるのSF論評


ブラッド・ミュージック

BLOOD MUSIC

グレッグ・ベア
1985


 私事で恐縮だが、本書の邦訳が早川SF文庫に登場した1987年2月頃(発行日は3月15日)は、大学卒業の直前で、卒論発表も終え、あとは就職を待つばかりの日々だった。グレッグ・ベアの小説は、本書が初邦訳。日本ではサイバーパンクが邦訳され、新井素子、大原まり子が新たな日本SFの世界を切り開いていた頃でもある。時代は、バブルの絶頂で、多くの友人、とりわけ大卒文系の男女がソフトウェアエンジニアとして就職していった。まだ、遺伝子組み換えは一般的な用語でなく、バイオチップの可能性は言われていたが、遠い21世紀の話と思われていた。パソコンは8ビットから16ビットへの移行期で、OSはMS-DOS、ようやくC言語がパソコンに光臨した頃、ISNが実証実験を終え、パソコン通信が勢いをのばしつつあった。
 バイオチップ、イントロンがジャンクではない可能性、大規模感染の驚異、そして、人類の変容…。本書は衝撃であった。あまりにも主題である知性のある生物コンピュータとしての細胞という概念に衝撃を受け、もうひとつの要素である情報素としての宇宙論のことを読み飛ばしていた。
 16年ぶりに本書を読み返し、この間の変化に、今度は現実に対して呆然としてしまった。
 イントロンには、様々な種類と機能があると分かってきている。
 遺伝子組み換え技術は、ダイズ、トウモロコシ、ナタネ、ワタの作物に応用され、世界中の大規模な面積すなわち開放系で商業利用されている。
 バイオチップは研究所で実証されており、最新の宇宙論は我々の想像をはるかに超えた宇宙のありようを示している。
 アフリカの西ナイルウイルスがアメリカ大陸で猛威をふるい、BSE(牛海綿状脳症・狂牛病)は牛に肉骨粉を食べさせた結果拡大し、鳥インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)といった新たな人畜共通感染症におびえている。
 HIV(ヒト免疫不全症候群・エイズ)は、世界人口の抑制原因とさえなりつつあり、貧困と飢餓と紛争を拡大させている。
 大気の二酸化炭素上昇は現実となり、地球温暖化や異常気象が恒常化するという摩訶不思議な世界がある。
 本書に書かれた核兵器の使用を恐れないソ連は、東側という言葉とともに消え、かわって世界の警察を自称するアメリカが帝国として恐怖をまき散らしている。
 2004年に再読した本書は、もはや衝撃ではなく、よくできたバイオハザードSFであり、仮想空間への意識のダウンロードと存在を描いたバーチャルネットワークSFとなっている。
 しかし、「タイムマシン」や「宇宙船ビーグル号」「私はロボット」など、SFの古典が、設定は古くさく、現代的でなくても、SFとは何かを知る上で欠かせない、今も読み継がれているのと同様、本書「ブラッド・ミュージック」は、20世紀終わりに登場した、時代を予感させるSFとして欠かせない一冊である。
 それにしても、べとべとどろどろぐちゃぐちゃした生物体の中でバーチャルな存在として復活し、最後はみんなと一緒に今の宇宙から消えてしまうというのは、今読んでも、やっぱり、うわあ、と、背中がむずむずしてしまう。背中をむずむずさせたい人にも、おすすめ。

(2004.3.3)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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