はるの魂 丸目はるのSF論評


月を売った男

THE MAN WHO SOLD THE MOON

ロバート・A・ハインライン
1953


 名作である。創元推理文庫SFから1964年に翻訳が出され、私は1980年の第12版を買っている。早川からも未来史シリーズの短編集に掲載されている。ハインラインの未来史シリーズであり、表題作の「月を売った男」(1950)と、後日談「鎮魂歌」(Requiem/1940)は、SFならではの叙情詩である。
 月に行きたいという思いだけで経済界を生き抜いてきた男。その経済力とビジネスセンスとはったりで、なんとか月に行こうとする。切手を月に持っていき、持って帰ってマニアに売ったとき、もっとも経済効果の高い枚数は? 月に広告を打ちたがる飲料会社の存在をほのめかし、ライバル会社から資金を引き出し、小国のプライドを持ち上げ、大国の意地を引き出し、大衆には宣伝とキャンペーンを張り、月開発は人類にとって必要不可欠だと誤解させる。各国にたくさんの会社を作り、組織を作り、月の権利を独占し、独占することで誰にも支配されない月=新天地を用意しようとする。すべては、自分が月に行きたいから。私はずっと「月を買った男」だと誤解していたが、彼は月を売った男であった。月を月にまつわる幻影のすべてを売り、そして、月を買ったのだ。
 月面開発を実現させるまでが「月を売った男」そして、その男が生涯をかけた夢を実現するのが「鎮魂歌」である。
「鎮魂歌」を読むだけでも泣けるが、ここはひとつ、じっくりと「月を売った男」を読み、そして、「鎮魂歌」で泣こう。その幸せな生涯を。
 私にとって、きっと絶対に怖くてたまらないだろうけれど、憧れている死に方のひとつに、カプセルかなにかで宇宙空間に放り投げられて、どこまでも進むというのがある。死んでからなら怖くはないが、生きていて、片道切符でも、どこかが見られるならいいなと思う。
 もっとも、閉所恐怖症で暗闇も怖くて、ひとりは寂しいから、たとえそれが今可能であっても、なかなか実際にやろうとはしないだろうけれど、だからこそ憧れである。
 憧れを思い起こさせる素直でせつないSFである。ハインラインの好みは分かれるが、SF古典の定石としてぜひ一読しておきたい。


(2004.4.1)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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