はるの魂 丸目はるのSF論評


夜明けのロボット

THE ROBOTS OF DAWN

アイザック・アシモフ
1983


「鋼鉄都市」「はだかの太陽」に続く、SFミステリ3部作、3作目である。地球人イライジャ・ベイリと、人間とみためが同じロボット、ダニール・オリヴォーのコンビによるSF推理小説である。本作は、1957年に「はだかの太陽」が出版されてから26年後に出版されている。アシモフいわく、一度取りかかったものの失敗したためおいてあったということだが、本作の位置づけは、「はだかの太陽」の続編だけではなくなってしまった。
 アシモフのもうひとつの人気シリーズであり、50年代に書かれた「ファウンデーション」3部作の続編を1980年代になって書き始める。そして、そこに、ロボットシリーズとファウンデーション・シリーズの統一がアシモフの頭の中で成立してしまう。このふたつのシリーズをつなぐミッシングリングとして、本作は位置づけを変えてしまう。
 なぜ、長命のスペーサー(宇宙人)ではなく、短命の地球人がその後銀河帝国を築くようになったのか? なぜ、銀河帝国にはロボットがいないのか? その要因が、未来への推察として登場する。そして、本書の中で語られる未来への推察は「心理歴史学」さえも登場させる。もちろん、アシモフの歴史であり、その過去を書いているのだから、このあたりはいかような将来の伏線も書けるわけだ。ずるい。しかし、ファンはそれを許すであろう。なぜならば、60年代、70年代を通じ、アシモフにはファウンデーション・シリーズの続編を求め、ロボット・シリーズの続編を求めていたのである。そして、ファンは、80年代のアシモフを大歓迎した。だから、もはや本作を単独の作品として評するのは難しい。  しかし、単純に「鋼鉄都市」「はだかの太陽」「夜明けのロボット」として考えてみよう。地球上で起きた宇宙人殺人事件、惑星ソラリアで起きた殺人事件、惑星オーロラで起きた人間そっくりロボット殺害事件の解決である。殺人事件ではない、ロボット破壊事件である。その結果、ソラリア内部の権力闘争が激しくなり、地球とソラリアの関係が悪化しているため、解決を迫られるのである。ダニール・オリヴォーの弟分である人間そっくりロボットのジャンダー・パネルはなぜ機能停止したのか? 偶然? それとも故意? その原因と故意であるならば、動機と方法を探る過程で、イライジャ・ベイリは、「人間そっくり」であることの意味について考えさせられる。アシモフは本書の中で「人間そっくり」というような表現は使っていない。「ヒューマンフォームロボット」と書いている。
 私があえて「人間そっくり」という表現をしているのは、P・K・ディックを意識してのことである。ディックは、1928年生まれでアシモフより8歳若い。1982年に早すぎる死を迎えている。本書はちょうどディックが死んだ頃に書かれている。ディックについては論を別にしたいが、「人間そっくり」の「人間ではないもの」や、現実そっくりの現実でないものなどをテーマに、精神や存在のあり方を追い求め続けた作家である。そして、「人間そっくり」でも「人間ではないもの」などが容易に、我々の世界に入り込み、我々はその関係に惑うことを明らかにする。一方、アシモフの現実は、しっかりとした現実である。突然現実が崩れたりはしない。ロボットが実は人間でしたとか、作品の中で世界観が崩れるようなことはしない。一定のルールの中に世界を押し込める。SFの王道をゆく。奇抜なトリックには、必ず読者が納得せざるを得ないような伏線を用意する。本書でも、地球人は忘れてしまい、スペーサーには伝説となっているロボット工学者スーザン・キャルヴィンのエピソードを何度も繰り返し、伏線にしている。そのエピソードは初期のロボットシリーズそのままである。だから、読者は安心してその世界観を受け入れる。そうでなければ、SFミステリは成立しない。ディックではミステリにはならない。
 そうであるにかかわらず、本書では「人間そっくり」が与える影響についてディック的な世界をかいま見せる瞬間がある。人間と人間そっくりなロボットと人間とは見た目が違うロボットとの間の認識や関係性のずれを描いている。50年代、60年代のアシモフにはなく、50年代からディックが書き続けてきた世界である。
 アシモフとディックにそれほど接点があったとは考えられないが、80年代は世界が過去のアシモフ的な確固としたものではなく、ディック的な不確かなものであることに気づきはじめた時期である。アシモフは、本書に意識するしないにかかわらず、時代を感じ取り、彼の対局にあるディック的な要素を取り入れている。
 アシモフらしい作品でありながら、わずかに残る違和感、ディックの小説をこよなく愛する私にとってはなじみ深い違和感があることに、アシモフの奥深さを感じずにいられない。


(2004.4.4)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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