はるの魂 丸目はるのSF論評
火星の虹
MARTIAN RAINBOW
ロバート・L・フォワード
1991
2038年、火星。火星には水があり、すでにロシアのネオコミュニストによる基地があり、研究、資源開発がはじめられていた。新国連を牛耳るアメリカを中心とした軍が火星の制圧に乗り出し、成功を収める。新国連軍を指揮するのはアメリカのアレクサンダー・アームストロング将軍、最高指揮官は惑星物理学者のオーガスタス(ガス)・アームストロング博士。一卵性双生児である。みごと奇襲作戦を成功させ、アレクサンダー将軍は地球へ凱旋。一方のガスは、アメリカの火星研究開発機関であるセーガン火星協会の初代会長として、火星で指揮をとる。反ネオコミュニストのアレクサンダー将軍は、帰還途中に火星のネオコミュニスト人民委員を殺害したため、軍から事実上の降格を命じられ、アメリカ議会で、ネオコミュニストを殲滅させるべきだと激した上、将軍を辞任、そして、集金マシンとして勢力を拡大していた合一教の影の支配者と出会い、新たな合一教の「神」としてカリスマ性をあらわにする。やがて、アレクサンダーはアメリカ大統領になり、世界は彼の恐怖の下に統一させられていく。
火星は、アメリカ管理下の新国連自治領となり、ガスがセーガン火星協会の会長、自治政府としてクリス・ストーカーが火星長官となり、アメリカ人を中心に、ロシア人、EEC(ヨーロッパ)、日本などが協力して円満に運営されていた。しかし、アレクサンダーの影響は火星にもおよびはじめ、火星は自立をめざして静かな戦いをはじめる。
こう書くと、火星の独立ものの人間ドラマかと思うのだが、物理学者のフォワード博士が書くSFである。人間と人間関係、性格、行動のつじつまが合わない。ステレオタイプな性格と行動…。このあたりは中だるみしてしまう。
しかし、本書は、それまでに得られた火星の知識をたっぷりと詰め込んだ、火星探査ガイドブックでもある。火星の地形、風景、生きるために必要な道具や工夫がたっぷりと書き込まれていて、火星を実体験することができる。
人間にとって火星を住みやすくするためにはテラフォーミングが必要だが、そのために必要な方法や可能性についてもきちんと述べた上で、SFとして短期間にテラフォーミングをする離れ業を紹介している。
それが、火星生命体ラインアップ。あいかわらず、人間以外のものについてはおもしろく書けるフォワード博士。しかし、読み終えて気がつかされるのは、このラインアップが登場する意義である。つまり、火星のテラフォーミングを短期間で行うために、ラインアップを登場させずにはいられず、火星でラインアップのような存在が成立するためにはさらに、別の要素を登場させざるを得なかったのだ。読み終えてみると、無理があるのだが、読んでいるときは、まあいいかという気にさせられる。それは、人間の書き込みが荒唐無稽なだけに、ラインアップの存在に無理を感じなくなるからだ。火星の特性やSFとして登場させた生命体に命を吹き込むため、人間を下手に書くという、フォワード博士の深遠な計画なのだろうか。
さらに、フォワード博士の楽天思想は、統一された地球がふたたび小さな独立自治を果たす過程で武力放棄、紛争の除去などが達成されたと読ませる。お気楽である。SFだからそれでいいのだ、ということか。
本書は、1991年に出版された。本書の中でも、それから前書きの中でも紹介されているが、ロバート・A・ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」の火星版であり、「動乱2100」以降にハインライン自らが「書かれざる物語」と読んだ作品のプロットを小説化したものである。宗教と強大な軍事力を持つ恐怖政治が地球を支配し、人々を苦しめ、火星などの植民地は自立に向けた戦いをするという物語である。しかし、根っからのSF馬鹿大将であるハインラインが書く強烈な個性的キャラクターをまねするには、フォワード博士は人が書けない。その点は残念。もし、ハインラインが人を書き、フォワード博士が科学部分を書き込んだら、もっとおもしろいのに。
付録に火星自治領の第二代長官であるモーリー・ピックフォードによる「新版火星開拓者ガイド」(西暦2047年、火星歴025刊)がついている。本書を読んだ後、この火星開拓ガイドで火星生活を夢見るのは楽しいかも。
PS
実は、J・P・ホーガンの「星を継ぐもの」3部作+1を再読しつつ、本書の再読にとりかかったのだが、物理的なトリックを書き込むおもしろさと、人間記述の下手さ、さらに、法外な楽天性や科学万能性あたり、ホーガンとフォワードはよく似ているのではなかろうか。
2004.4.26
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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