はるの魂 丸目はるのSF論評


終わりなき戦い

THE FOREVER WAR

ジョー・ホールドマン
1974


「宇宙の戦士」(ロバート・A・ハインライン 1959)、「エンダーのゲーム」(オースン・スコット・カード 1977,1985)とならぶ、戦争SFの名著である。この3作品に共通するのは、少年だったり若い兵士が、厳しい訓練を経て異星人との宇宙戦争を生き抜くという設定である。3作品ともヒューゴー賞をとっており、今も読み継がれている。アメリカには間違いなく戦争SFというカテゴリーがあり、アメリカ中心主義だったり、愛国心だったり、反戦だったり、厭戦だったり、さまざまな含意を持っているが、エンターテイメント作品として厳しい戦いにさらされている。そのなかで、この3作品が与えた影響は戦争SFというカテゴリを超えて大きい。
 本作は、ハヤカワ文庫SFの「日本語版への序文」で、著者本人が書いているとおり、著者が従軍し、負傷したヴェトナム戦争がきっかけで書かれている。本作が、戦争についての何を言おうとしているのか、それについては多くの人が論じている。それは、著者がこの序文で書いているとおり、結果として、戦争終結前に書かれたものであるが、「われわれはいかにしてヴェトナムに進出したのか、あの戦争はわれわれになにをしたのか、もし撤兵しなかったら、最終的にわたしたちはどうなっていたのか」を説明したものになっている。だからといって、ヴェトナム戦争を念頭に置いて読む必要はない。2004年の今もまた、正義は人を殺し続けているのだから。  本作品は、時空を超えた恋愛ドラマであり、コミュニケーションの物語である。すべての物語はコミュニケーションについて語っているのだが、本作は、戦争が=平和が、コミュニケーションの問題であることを喝破している。
 1975年生まれのウィリアム・マンデラは、物理学者となるべく大学進学中の1997年にエリート徴兵法により、国連探検軍に徴兵され、初の星間戦争戦に臨む。コラプサー・ジャンプ航法と、相対論的加速度により時空を超え、ファイティング・スーツという強化戦闘服に身を包み、人類の住まない遠い星系の惑星にある基地をめぐって敵であるトーランと戦う。2回目の戦闘は移動する宇宙船の中で経験。主観時間で軍属2年後、地球時間で10年後の2007年。それから約1年後、地球時間で26年後の2023年に一度地球に帰還するが、地球のあまりに変貌していた。2024年、再び作戦に参加し負傷。惑星ヘブンで治療を受けるが、地球を出てから主観時間で1年後、地球年で2189年となっていた。おおよそ、20歳台終わりである。主観時間で5年後、地球年で2458年、少佐として部隊を率い、4度目の作戦行動へ。それは、もっとも遠い星系であり、相対論的時間移動、すなわち浦島効果も大きかった。作戦行動を終え、戻ってきたとき、主観時間で約2年後、地球年で3138年後となっていた。戦争はすでに集結して、彼らは最後の帰還兵となっていた。
 1997年から3138年、地球時間で1141年。主観時間ではおおよそ7年に渡るマンデラの戦いである。それは、マンデラがコミュニケーションを失い続ける物語でもある。相対論的時間旅行を経て出会う部下であり、彼にとっての未来人たちとのコミュニケーションは、次第に難しくなっていく。背景とする社会や文化の違い、言葉の変容…。異星人であるトーランとはもちろんコミュニケーションがとれない。彼らと地球人は戦うというコミュニケーション手段しか持ち得ていなかった。
 そして、唯一、本当のコミュニケーション相手である恋人との相対論的別離。
 そこに、なぜ、はない。軍人として徴兵されているのだから、戦うしかない、失うしかない、そして、生き残るしかない。軍とマンデラとの間に、そもそもコミュニケーションなどありえない。彼は、たまたま宇宙船にペットとして乗せられた去勢された猫に何よりも、誰よりも共感を覚えるほど、コミュニケーションを失ったのだ。あるのはただ、命令とコントロール。
 ややこしく書いているが、本作は、戦争SFエンターテイメント作品であり、時空を超えた恋愛ドラマである。何も気にせず読んでいても楽しい。
 最後に、本筋とは離れるが、「濃縮高蛋白質完全消化大豆牛肉風味」なんていうものを食べさせられ、「二年間、循環処理の糞尿ばかり」を食べてきたマンデラは、地球にはじめて帰還したとき、「チキン・サラダのサンドウィッチ」に言葉を失うのだった。そして、「米の上にのせられた、焼いた大きなフエダイ」というちゃんとした食事を恋人と食べるのである。どれほどおいしかったことだろう。その快感は想像もつかない。
 ヒューゴー賞、ネビュラ賞受賞

(2004.5.5)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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