はるの魂 丸目はるのSF論評


死者の代弁者

SPEAKER FOR DEAD

オースン・スコット・カード
1986


「エンダーのゲーム」の続編であり、2年連続ヒューゴー賞・ネビュラ賞を同じシリーズで獲得したと鳴り物入りで紹介された本である。
 日本で出版されたのは1990年夏のこと。ちょうど私が放浪していた頃のことであり、住所不定ゆえに、出てすぐは買っていない。今、再読してみると、手元にあるのは2冊400円の古本で、上巻には、桜や野菊のような押し花がいくつもいくつも入っていた。場所を動かした形跡はない。再読なのだが、この古本を読んでいないのか? それとも、まさか私が押し花をしたとでも? いや、それはあるまい。となると、以前読んだ本はどうしたのだろうか? わからない。人の記憶とはおぼつかないものだ。それが自分の記憶であっても。

 さて、本書は、「エンダーのゲーム」から3千年後の未来。しかし、エンダーが過ごした実時間は35年であり、彼は35歳にしかすぎない。今の私より若いのである。「較べるな!やつは天才だ」と、前著を読んだ方におしかりを受けそうである。
「エンダー」の名はゼノサイド(異類皆殺し)の別名となり、「死者の代弁者」は歴とした社会的地位を持ち、職業の名称となっている。「窩巣女王」「覇者」は伝説の書となり、初代死者の代弁者は伝説の人となる。
 伝説の影で、ひとりの「死者の代弁者」たるアンドリュー・ウィッギンは、最後の窩巣女王が誕生し、種としてのバガーが再生する場所を求めてさまよい続けている。
 物語は、新たな異類との出会いではじまる。
 カトリック系の新植民星には、バガーに続く人類とは異なる知性、二足歩行の豚に似たピギーがいた。そして、ひとりの異類学者の死。
 エンダーは、それまで同行してきた姉と別れ、その惑星に向かう。
 もうひとつの知性。それは、窩巣女王。エンダーだけが知る、バガーの生き残りは請い願う。早く、星を与えよと。
 さらにもうひとつの知性ジェイン。それは、即時通信システム・アンシブルで生まれた人工知性。彼女もまた、エンダーとの関わりで自我を形成し、エンダーのみが知る存在。
 エンダーという個性と歴史を負う存在に多くの異類が関わり、関係を求めていく。

 アーシュラ・K・ル・グィンが処女長編「ロカノンの世界」で生み出した即時通信システム・アンシブルと、現実の異星間航行で生まれるウラシマ効果による時間と空間の旅のしくみが、そのエンダーを生かし、苦しめ、物語を進ませる。
 ヨーロッパのファンタジーにおいて、1000年生きた王が、王国の危機に帰ってくるという話がある。まさしく、エンダーは3000年の時を超え、伝説として登場する。
 そんな物語である。
 しかし、同時に、エンダーは、独身の子どももいない、20年前の罪を背負って生きる一人の人間に過ぎない。ただ、他者との共感、他者の理解が深いひとりの男に過ぎない。
 目の前には、異類と人類の、人類と人類の、家族と個人の、コミュニティと個人の壁があり、誤解があり、無知があり、無理解があり、コミュニケーションが欠け、危機ばかりが広がっている。
 エンダーは、介在し、ときほぐし、関わり、交わっていく。
 それが、彼にも、他者にも必要なことだから。
 そして、彼は、寄って立つ場所を得る。それがこの物語である。

 本書には、カードの宗教観、価値観が色濃く反映されており、好き嫌いもあるだろう。「エンダー」シリーズに共通するテーマは、コミュニケーションである。コミュニケーション不足は、必ず対話により解決できる。解決する。これが、80年代終わりのひとりのアメリカに住む男によって書かれ、多くのアメリカに住む人たちが賞賛したSFである。
 2004年の今日、日本に住む我々も含めて成り立つアメリカというシステムが、コミュニケーションを破壊し、人間を狂わせ、他者への無理解と誤解を強要し、同じでないからと蔑視し、虐げ、殺す。
 本書を愛読した者の中にも、このシステムに身を捧げた者がいるかも知れない。一方で、本書を読み、このシステムの恐ろしさに気づいた者がいるかも知れない。
 今でこそ、「エンダーのゲーム」と「死者の代弁者」は読まれて欲しい作品である。
 もちろん、本書は、現代社会の暗喩を目的とした、巡礼と癒しの堅苦しい話ではない。
 カードは、子どもを含む「成長」についての話を書く。これもまた、そういう話である。
 カードの作品に、真なる悪は出てこない。それゆえに「死者の代弁者」が成り立つ。
 惑星ルジタニアという、きわめて種類の少ない生物群でできた奇妙な生態系の話でもある。その惑星の小さなコミュニティの成長物語でもある。
 なにより、前著を生き延びた「エンダー」と、姉「デモステネス」ヴァレンタインの後日談である。
 そして、希望と期待を残しながら、続編「ゼノサイド(異類皆殺し)」へと続く。

ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞

(2004.6.9)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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