はるの魂 丸目はるのSF論評


タウ・ゼロ

TAU ZERO

ポール・アンダースン
1970


 もし、加速を続けられる宇宙船があり、減速が困難になり、操舵だけは効くという状況になったら、どんなことになるだろうか。船は、星々から見て、少しずつ光速に近づいていく。船内の人々からみると、宇宙とは切り離され、銀河を、銀河群を、飛ぶように過ぎていくことになる。そして、やがて、宇宙は老いていく。彼らはどこまでいくのか…。
 壮大な物語である。
 ちょっと地球の隣を訪問するつもりが、事故により減速できなくなってしまったがゆえに、時空の放浪者となるのだ。地球に暮らす我々から見れば、永遠を旅する者になってしまった。もちろん、地球に暮らす我々に、彼らがどうなったのか知る余地もない。
 SFにしかできない話である。
 我々の主観による数年で、時空の果てから果てまで旅をするのである。
 愕然である。呆然とする。
 しかも、船の中では、50人の男女が愛憎を繰り広げるのだ。

 簡単に本書「タウ・ゼロ」筋を追うと…
 20世紀末に起こった核戦争後、世界は秩序を取り戻し、スウェーデンを軸とした世界体制が確立、その後、宇宙技術の進歩で、アルファ・ケンタウリ、エリダヌス座イプシロン、タウ・セチ、くじゃく座デルタ星などの有人探査を行ってきた。レオノーラ・クリスティーネ号は、50人の男女を乗せ、最新のバザード・エンジン(恒星間ラムジェット)を使って、おとめ座ベータ星の第三惑星に向かう。この惑星は、これまででもっとも移住に適したと観測されており、彼らは彼らの主観時間で5年かけて旅をし、もし、移住に適しているならば、移住基地建設隊となり、すぐに移住ができないのであれば、ふたたび主観時間5年をかけて地球に戻ることになっている。もちろん、地球の時間では、彼らは31年かけて旅をし、帰りもまた同様の年月が過ぎ去るのであるが。
 男女25人ずつで構成された研究者、航法士、士官、警護官たちは、長い旅の中で様々な人間模様を繰り広げる。しかし、主観時間3年後に事故が起こり、減速装置が破壊されてしまう。バザード・エンジンは生きているが、修理のためエンジンを切れば、宇宙船の保護も切れるため、宇宙にある水素分子などにより宇宙船が破壊されてしまう恐れがある。修理をするためには、物質がまったくといっていいほど存在しない空間まで宇宙船を飛ばすしかない。それは、銀河系と銀河系の間にある空間だった。しかし…、しかし…、しかし…。
 挫折しながらもあきらめない乗組員。確実に言えるのは、その一秒一秒が、すべての人間社会、地球からの断絶を意味すること。宇宙の孤児となったことへの絶望は深まるばかり。希望はあるのだろうか…。

 本書「タウ・ゼロ」は1970年に発表されているが、プロットは、1967年に発表された中編にあるという。つまり、1960年代後半の宇宙論と科学技術の状況を前提にしている。当時の最新の宇宙論が反映されている。2000年代の今となっては否定されている内容ではあるが、それでもおもしろさは減じない。
 本書が翻訳出版されたのが1992年。宇宙論ブームの頃である。その当時に読んでもやはりおもしろかった。今もおもしろい。
 いわゆるハードSFに分類されるもので、ちょっと難しい説明なども出てくるが、読者には「読み飛ばす」という離れ業もある。

 一緒に永遠の先にあるところまで旅をしてみませんか?


(2004.8.28)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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