はるの魂 丸目はるのSF論評


マーシャン・インカ

THE MARTIAN INCA

イアン・ワトスン
1977


 今はなきサンリオSF文庫である。大学生のときに購入したのだが、実は今の今まで放置してあった。どうも、ディックなど一部の作家の作品を除いて、サンリオSF文庫の作品は取っつきにくいのだ。なぜかは分からない。それでも、いくつかの作品は、表紙に惹かれたり、釣り書きに引っかかって購入し、読まないままに本棚に眠っていた。本書もまたその一冊で、広島−熊本−東京を20年かけて旅をして、ようやくこのたび私の目に触れることとなった。

 アメリカは、有人火星探査機を送っているところで、3人の宇宙飛行士が探査とテラフォーミングのために火星に向かう途上にあった。
 一方の大国ソヴィエトは、金星をテラフォーミングするための準備をすすめていたが、アメリカの火星探査に先駆けようと火星に無人探査機を送り、火星の砂を積んで地球に帰ってきたが、パラシュートがきちんと開かずに、ボリビアの山中に落ちてしまう。
 ボリビアは、ソヴィエトともアメリカとも国交を持たず独自の革命路線を歩んでいた。
 火星の探査機が落ち、砂がこぼれ落ちたのは、かつてのインカ人がケチュア語を守りながら暮らしていた集落であった。砂に接触したものは、しばらくすると身体が硬直し、高熱の中意識を失う。しかし、治療をほどこされなかった者はやがて独力で回復し、二重意識を持つにいたる。
 今、ふたりのインカ人が、自らの意識に目覚め、インカ帝国の再興をめざして立ち上がる。
 一方、アメリカの有人火星探査機では、常に3人のうち2人が起きて当直につき、ローテーションを組んでいる。3通りの組み合わせ。ひとりは常に別のふたりに対し、別の性格、行動をみせる。それが人間関係というものだ。閉鎖された空間での微妙な関係…。ひとりのときの意識、ふたりのときの意識、そして、火星が近づき、3人が同時に接するときの意識、行動は違ったものになる。
 ボリビアの情報を求めるアメリカの情報局と火星探査当局…、その情報は、細切れになって火星探査船にも伝えられていく。
 やがて火星に到着した探査船。そして、ふたりのインカ人の「革命」。その行方は…。
 そして、火星の生命とは。

 ということで、イギリスというより、ヨーロッパ、東欧的なSFの感じがする。スタニスワフ・レムのような作品といったらよいか。
 ハリウッド映画と、かつてのフランス映画の違いだ。
 別に火星でなくても、インカでなくてもいいのだ。
 砂でなくてもいいのだ。
 ただ、火星とインカは遠くて近いと、イアン・ワトスンは感じ、意識について想いをはせたのだ。

 うーん、難しい。ニュー・アカデミズムだ。80年代だ。
 スタニスワフ・レムの作品が好きな方にはおすすめしたい。
 ヨーロッパ映画は小難しすぎる、エンターテイメントがいいよ、という方には、おすすめできない。


(2004.10.19)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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