はるの魂 丸目はるのSF論評


順列都市

PERMUTATION CITY

グレッグ・イーガン
1994


「宇宙消失」「万物理論」とならぶ、量子物理学を背景にした観察者の宇宙論SF。この3冊の中では一番読みやすい。再読だからか? いや、そうではあるまい。本書の設定の根幹をなすバーチャルリアリティの中で生きる人格という概念が難しくなくなったからだろう。もちろん、2004年現在、「意識」をもった人工知性や、バーチャルリアリティ空間への意識や人格のダウンロードはできていないものの、漫画、映画、小説では当たり前の設定になりつつある。
 その概念の一般化に寄与したのは、映画「マトリックス」。監督のウォシャウスキー兄弟はアメリカ人だが、オーストラリアとの縁も深い。本書も読んでいた可能性はあろう。

 ヴァーチャルリアリティでの人格を引き合いに出しながら、イーガンは、意識とはなにか? 認識とはなにか? を、読者に迫る。迫る、迫る。迫られているうちに、トリックに引っかかる。そんなばかな! と思っているうちに、自分がとんでもないところにいると気がつく。ここ、どこ? わたし、なぜ?
 しかし、イーガンにとって、ヴァーチャルリアリティはあくまでも設定に過ぎない。イーガンのすごいところは、世界の枠組みを提示するところである。「宇宙消失」や「万物理論」よりもわかりやすいのは、単に、本書の中では現実世界(リアリティ)は対峙されたヴァーチャルリアリティとの間で確固として存在する。読者によりどころがあるから、わかりやすいだけだ。やはり、本書でも観察者問題が出てくる。これが、中心テーマである。
 3冊の中で、最初に読むのをおすすめするのが本書だ。

 さて、では、私はイーガンが好きなのか。小説はおもしろい。エンターテイメントとして楽しく、かつ、多くの示唆が得られる。しかし、イーガンの描く世界観は、嫌いだ。彼は、徹底して神を否定する。神の存在を無に陥れる。
 私は無宗教者であり、海外に行くときは、宗教を聞かれると、とりあえず仏教と言っておく。新興宗教は嫌いだし、3大宗教も、近代において国家や政治の枠組みの中に配列されてしまったことを嫌悪する。宗教の負の側面がもたらす真理の探究への障害もあろう。だからといって、多くの人が神を抱くことを、否定しない。人類は、神を生み出し、地獄を生み出し、世界を再構築した。その思考世界の曖昧さと豊かさは、神の概念によって生み出されたものだ。科学の真理探究という目的にとって、神の概念を導入しないことは必須であろう。そこに神を持ち出されると思考停止に陥るのも、間違いない。しかし、神との断絶は、真理の探究まででよい。その探究の結果生み出された知識を使うのは、神の概念を抱く人であっても、神の概念を持たない人であっても構わないのだ。そこに明確な違いがある。
 真理は真理であるが、真理と日々の生活の折り合いをつけるのも人間のおもしろさである。真理が社会のあり方、人間のあり方のすべてではないのだ。

キャンベル記念賞受賞

(2004.12.2)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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