はるの魂 丸目はるのSF論評
キリンヤガ
KIRINYAGA:A FABLE OF UTOPIA
マイク・レズニック
1998
2123年4月19日から2137年9月まで、プロローグとエピローグを入れて10の物語でつづられるテラフォーミングされた小惑星キリンヤガの物語。
キリンヤガに暮らすのは、伝統的キクユ族の生き方を選んだキクユの人々。主人公は、ヨーロッパやアメリカで教育を受け、その後、伝統的なキクユの社会を取り戻すために、キリンヤガの設立認可を勝ち取ったリーダーのひとりで、キリンヤガではムンドゥムグ=祈祷師をつとめるコリバ。彼の一人称で物語は語られる。
ヨーロッパ的なものをすべて廃し、大地と風と水とサバンナの動物と植物とキクユの人々からなる完結したユートピアは、完結をしたゆえに、ほころびをみせる。
ひとつひとつの物語が、さまざまな寓話や物語を内包し、読者にいくつもの問いかけをする。それは基層文化・生活文化と科学技術を中心にすえた文明が矛盾してしまった現代社会と、そこに生きる人間に対する問いかけとなる。
この物語そのものが、私たちの生き方、考え方、暮らしに対して、問いかける。
正解も回答もない。自問自答するしかない。ただ、問いかけを受け、思うともなく思い、考えるともなく考えることで、次の一歩、次の行動、次の思考がすこしだけ変ることになる。それが、物語のもつ力である。本書には、物語の持つ魔法の力がある。
最近、「物語消滅論」(大塚英志 2004 角川書店)を読んだ。ここでは、物語不在の今日、物語が単純化され、社会の道具として使われていることへの危惧が語られている。
物語は、人間社会とともにあり、物語が思考を、社会を、生き方を、顕わし、示し、変えている。
「キリンヤガ」は、そんな物語の限界と可能性を表現した作品である。
SFに興味がない人でも大丈夫。科学技術の知識もいらない。アフリカの部族社会の知識も不要である。「指輪物語」よりはるかに読みやすい。しかも、長編ではなく、中短編で、ひとつひとつが独立した物語になっている。
だまされたと思って、読んで欲しい。おもしろいから。
ちなみに、私は、プロローグ「もうしぶんのない朝を、ジャッカルとともに」、最初の2編「キリンヤガ」「空にふれた少女」、エピローグ「ノドの地」が好きだ。
ひとつ告白しておく。アフリカのキクユ族とその社会構造については、大学3年の社会人類学教室のゼミで、英語文献読解のテキストになっていたので知っていた。恥ずかしながら、当時は、英語がとても嫌いだったので、そのような専門書、しかも、技術用語ばっかりのテキストに真剣にとりかかる意欲もなく、今思えば残念なことをした。後悔先立たず。
また、本書を読んだ上で興味が出て、あらためてケニアのイギリスからの独立の歴史と現状について若干ながら調べ、学ぶことができた。本書で書かれている「過去」の歴史は、史実である。決して仮想な民族、社会ではないので、その点は指摘しておきたい。
ヒューゴー賞・ネビュラ賞ほか受賞
(2004.12.11)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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