はるの魂 丸目はるのSF論評


重力が衰えるとき

WHEN GRAVITY FAILS

ジョージ・アレック・エフィンジャー
1987


 ハードボイルドとSFの相性はいい。舞台は、イスラム圏の都市の一街区ブーダイーン。歓楽とドラッグと暴力の街である。主人公はマリード・オードラーン。この街で唯一武器を持たずに歩き回ることを知られている何でも屋であり私立探偵。あらゆるドラッグに浸されていないと1日も過ごせない寂しがりや。脳に人格モジュールなどを差し込むソケットをつけることが大嫌いな男。
 登場人物は、バーのマダム、踊り子、街の真のボス、警官、暗殺者、小ボスなどなどひとくせもふたくせもある男たち、女たち、性を変えた者たち、性を変える途中のものたち。
 アザーンの響き、引用されるコーラン、アラビア語の数々。
 退廃と暴力に満ちたハードボイルドに欠かせない空間で、美しく魅力あふれるイスラムの会話が交わされる。
 ここに書かれている近未来のイスラム圏の思考、文化、社会、言語が、はたして、今のイスラム圏の延長として読めるかどうかはわからない。
 サイバーパンク小説には、日本や日本語がずいぶん出てきて、なかにはまっとうに読めるものもあるが、そのほとんどは、西洋から見た不思議なアジアの日本で、芸者ガールが実はニンジャだったりする世界である。
 それと似たようなものかも知れないし、作者がアラブ系アメリカ人ということらしいので、もっとまっとうなものかも知れない。それは分からないが、イスラム圏を舞台にしたSFはとても少ないので、その意味でも貴重。
 ただ、そういうことを抜きにして、人間の弱さとたくましさ、優しさと怖さ、つながりと孤独を表現するハードボイルド小説の王道みたいな作品である。
 ただ、そういうことを抜きにして、近未来の退廃した社会と、日常化した科学技術の前に変質した価値観、それでも変らない人間性を描いたサイバーパンクの王道みたいな作品である。
 書評を書いている場合でも、書評を読んでいる場合でもない。本書が未読の方は、ぜひ読んで欲しい。楽しめること請け合い。

(2005.1.13)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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