はるの魂 丸目はるのSF論評


マイクロチップの魔術師

TRUE NAMES

ヴァーナー・ヴィンジ
1982


 新潮文庫のSF作品として1989年に登場したインターネット空間のバーチャルリアリティを小説化した作品で、1981年に書かれている(出版は82年)。
 コンピュータ・ネットワークの中のハッキングコミュニティ「魔窟」で魔術師として活動する主人公のロジャー・ポラック。ネットに入れば、ヴァーチャルリアリティな存在になってデータ空間を行動できる。
 しかし、ひとたび、真の名前を敵や仲間たちに知られれば、その個人情報は名を知った者に容易に知られることとなり、結果的に彼らの言うままに行動せざるを得なくなる。
 彼は、政府機関に名を知られ、彼らのスパイとして行動することを迫られる。
 政府機関は、魔窟の魔術師のひとりが、政府機関のデータベースに侵入し、破壊工作をしたため、ロジャーに内部調査を命じる。
 やむなく行動をはじめたロジャー。しかし、調べていくうちに世界や人類全体の破滅につながりかねない陰謀の存在に気づき、政府に真の名を知られた者として、自分の身を守りながら、陰謀に立ち向かっていくことになる。もちろん、仮想空間で…。

 1980年代に入ったばかりの早い時期に、ヴァーチャルリアリティでの存在や生活について書いた作品である。また、今のキーボード・マウス、CRTといった、聴視覚・言語的インターフェイスから、脳波を利用した双方向的インターフェイスに変ることで質的にネット空間やデータ処理のあり方が変ることを示唆した作品でもある。
 その歴史的な意味において、本書は一読の価値がある。
 また、文庫で200ページに満たない本書で、訳者解説の数ページのほかに、約30ページにおよぶマーヴィン・ミンスキーの解説が掲載されており、作品以上に興味深い内容が書かれているのも特徴である。M・ミンスキーといえば人工知能研究の第一人者で、彼が、本書の出版に際して解説した一文である。その後の、ヴァーチャルリアリティ世界を題材とした作品群の誕生を予感させる一文であり、本書以上に読み応えがあった。

 もちろん、作品中では、データ電送速度は50kだし、すこし古さを感じさせる表現もある。が、まあそのあたりはうまいこと読みかえればよい。
 絶版になって久しく、私も古書店で長いこと探し回って、ようやくこのたび一読することができた。
 インターネット社会となり、映画「マトリックス」のヒットによってヴァーチャルリアリティがお茶の間でも理解できうる内容になった現在、早川か創元でこの手の作品をまとめてみてはどうだろうか。

(2005.1.24)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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