はるの魂 丸目はるのSF論評


酸素男爵

THE OXYGEN BARONS

グレゴリイ・フィーリイ
1990


 吉野朔実氏が「本の雑誌」などで掲載する漫画による書評で2度にわたり「酸素男爵」のタイトルネタで遊んでいる(『弟の家には本棚がない』本の雑誌社 所収)。
 タイトルの妙である。表紙は、ヤングアダルト向けという感じである。
 内容とタイトルや表紙との乖離があることは、SF文庫でよくあることだ。

 テラフォーミング化された月。月で起きたらしい革命。月の表側の自給自足型自称「ルナ共和国」と、ルナ共和国に対する月の裏側の軍事革命軍。地球諸国と月周回軌道居住区、高地球軌道居住区による経済封鎖。
 描かれるのは、月の表、裏、月周回軌道と高地球軌道の居住区と、その宇宙空間、そして人口が増え、紛争の終わらない地球。
 使われるのは、蒸気電話などのゴシックパンクの小道具。ナノテクにより、人体に仕込まれたGPSやメモリなどの機能、バーチャルリアリティ化した存在、知能を向上させられた生命などなど。
 22世紀の未来。
 人は、世界を拡張し、拡張の方法と資源をめぐって争う。

 私たちは、20世紀前半、土地と労働力と鉱物および石油資源をめぐって争った。
 20世紀後半は、石油をめぐって争い、食糧を武器とした。
 21世紀、今、私たちは、引き続き石油をめぐって争い、そこに水の争いが加わろうとしている。
 資本は、権力は、今足りないものを求めてやまないのだ。
 足りないもの=それさえあれば大きくなれるもの。
 だから、欲しい。なんとしても。
 ただ、欲しい。
 いつも人はそれに踊らされるのだ。死と悲しみをもって。

 21世紀後半、エネルギー革命を終え、人は酸素をめぐって争いを開始した。
 翻弄されるルナ共和国の天才技術者ガルヴァーニッホ。
 彼は、月の表から宇宙へ、そして裏へ。さらに軌道世界から地球へ。さらにその先へと動き続ける。決して彼の意志ではない。
 ただ、状況が彼を動かし続ける。
 彼は生きたいだけだった。いや、身体が生きることを求めていただけだった。

 変な日本名や日本文化が出てくるため、日本人にはちょっと引いてしまうところがある作品だが、22世紀の激動の日々とその日常をかいま見るのはいかがだろうか。
 ちょっとしたハードなバックパッカー気分を味わえること請け合いである。

(2005.4.5)





TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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