はるの魂 丸目はるのSF論評


オブザーバーの鏡

A MIRROR FOR OBSERVERS

エドガー・パングボーン
1954


 創元推理文庫SFにて1967年に文庫初版、手元には1976年の第10版がある。価格は300円。早川ポケットSFでも同年に出版されている。
 第二次世界大戦終結から9年。米ソの冷戦構造は固定化し、核への恐怖が世界を覆っていた頃の話である。
 3万年前、火星は滅びつつあり、火星のサルヴェイ人たちは地球に生存を求めて来た。サルヴェイ人たちは、地球の地下のいくつかで隠れて生存していた。人間に似ていた彼らは、一部が人間そっくりに変身し、オブザーバーとして人間社会に暮らしていた。それは、人間がサルヴェイ人を受け入れる「合同」の日へのささやかな取り組みだったのだ。
 しかし、サルヴェイ人の中には、地球人を滅ぼし、サルヴェイ人の世界をつくればいいと思う者もいる。かつてはオブザーバーだった退官者ナミールもそのひとり。
 ナミールの策略を防ぐために、オブザーバー・エルミスは、アメリカの片田舎に出向いた。
 全編にただようのは、人間の「善」への期待と、破滅への「予感」である。
 オブザーバーは、人間の「善」なる部分を信じ、それこそが力だと願いながら「悪」にとりまかれ、なびかれそうになる子どもたちと接する。
 自然の中に、日々の中に、人間の「善」性、地球の「生命」を見ようとし続ける。
 それゆえに、オブザーバー・エルミスは幸せな人であり、宗教的指導者のようなおもむきさえある。
 しかし、人間社会は、今も、そしてサルヴェイ人が人間とつきあってきた長い歴史を通じても、破滅への「予感」を見せ続けてきた。1945年の核は人間の首を絞めるロープであり、サルヴェイ人もまた、核の実験によって大洋市とその人口を失っていた。自然破壊と公害、核への恐怖、そして、新たな病原菌の発生や兵器としての開発…それは、破滅への「予感」である。そして、きっかけは、ファシズムの台頭。
 小さな暴力から大きな暴力まで「悪」は甘美で力強い。
 まきこまれていく少年と、それを救い出そうとするオブザーバー。
 舞台は、本書が発表された1954年から9年後の1963年の田舎町ラティマーと、さらにそれから9年後の1972年のニュー・ヨーク。
 9年を単位に1945年、1954年、1963年、1972年が交錯する。
 1954年から見た1945年は生々しい過去であり、1963年は身近な未来に過ぎない。そして、1972年はまるで1936年の再来のような悲劇の年となる。人間が作り出した哺乳動物を殺す病原菌が自然界に放たれたのだ。すべての人間や動物が死に絶えるわけではない。死ぬ者もいれば、生きる者もいる。そんな悲劇の中でも、人間は生き、「善」性を身につけることができるのだ。そう、作者はささやく。
 古い作品であるが、今も売られているようだ。
 クリフォード・シマックにも似た空気の中で、古き良きアメリカと、現代のブッシュのアメリカの両方をみごとに書き表した作品である。

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 ところで、私は中学生の頃、これを買って読んでいる。そのとき、なぜか、以下の部分にペンや鉛筆でラインを引いていた。

「犬は正直ですよ」(P31)
「あの檻の中に押しこんだのは、わたしたちのような人間なんだからね」(P199)
「なにしろ妙なのは」「人間業じゃないってことですよ」(P205)

 なにを思ったのだろう。今の私の記憶には痕跡すら残っていない。
 前後の文脈を読んでも、一番分からないのは「犬は正直ですよ」だ。その当時、手放したばかりの飼い犬のことを思ってのことだろうか。わからない。
 昔の私に再会して、とまどうばかりである。

 さて、最後にメモ。
 1954年の作者は、9年後、18年後の未来をどうみているのか…。

 1963年の新聞では、スペインの新政府がヨーロッパ合衆国に加わる。
 宇宙ステーションは1952年にはあと10年もしたら完成すると考えられていたが、実際には1967年か1968年に完成する見込みである。
 1970年、ロシア(ソ連?)と中国はアジアをめぐって互いに戦争をはじめ、1972年までは原爆も使われていた。いまだに、西洋社会は、アジアの様子をうかがい知れないでいるが、独裁的なふたつの政権によって支配されているようである。
 1971年、汚染によってサンフランシスコ港の全水域が死んだ魚で蔽われた。
 1973年のアメリカでは、共和党、民主党の力が弱まり、有機統一党や連邦党が台頭。有機統一党は、世界統一をめざすファシズム的志向性をもつ。
 そして、技術的には、自動車のハンドル操作がいらない自動誘導路も一部には導入されている。
 この頃の世界の人口は約30億人。ちなみに、現実には、1960年に約30億人で1970年には3億7千万人ぐらいまで増加している。


第一回国際幻想文学賞受賞

(2005.4.8)





TEXT:丸目はる
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