はるの魂 丸目はるのSF論評
軌道通信
ORBITAL RESONANCE
ジョン・バーンズ
1991
「期待される人間像」をご存じだろうか? 高度成長期を迎えた1966年、当時の文部省中央教育審議会が出した答申の中に含まれている「名言」である。1965年生まれの私は、まさしく「期待される人間像」となるべく育てられたといっても過言ではない。
当時、すでに怒れる若者が社会問題となり、彼らは社会体制をゆるがすものであり、そのような若者に育てた状況を反省し、社会的に適応した者たちを育てることが必要との認識があったようである。もちろん、期待される人間像をもった人間を育てる教育には具体的なプログラムや心理学、精神医学、行動学、社会学上の分析や手法構築といった背景があったわけではない。もし、そのような背景があれば、「怒れる若者」たちが、実は団塊の世代であり、世代間の人口比も大きな要因であることが分かったであろう。
いずれにしても、試行錯誤しながら育てられた我々は、人口比率の谷間ということもあり、「三無主義」「五無主義」などと呼ばれ、主体性がないと蔑まれ、怒りを持たず、きちんと体制に順応し、そこそこに「期待される人間像」となったのであるが、それよりも我々の前にいたはずの「怒れる若者」は、大人になるとともに「社会の担い手」になり、怒りを忘れ、バブル経済を生みだし、イチゴ世代をつくり、今や2007年問題とされる大量退職時代に向かって猛進しているではないか。
今や社会の中核となったはずの「期待される人間像」は、子どもを生むことを嫌がり、社会の継続を無自覚のうちに拒もうとさえしている。
自覚ある社会への怒りを知ることなく育ってきた者たちの、静かな反抗である。不満があってもそれを社会的な怒りに転化できないから、静かに、おだやかに反抗を続ける。
さて、この社会はどうなることやら。
本書の話に入ろう。
13歳の少女のモノローグである。思春期が訪れ、身体、精神、認識が急激に変わる直前の少女の物語である。異質な社会から来た転校生、まさに大人になろうとする兄、現実を拒否して生きる母親、彼女が住む小さな世界に大きな責任を持つ父親。一足先に大人になった同級生の親友、乱暴だけれど本質は傷つきやすい少年、そして、大勢の顔色をうかがいながら行動するクラスメイトたち。
特別な彼女の、特別な13歳の1年間を、彼女自身が振り返りながら語りかける。
それは、もっとも火星に近づく点を近日点とし、もっとも地球に近づく点を遠日点とする変則的な軌道を描く小惑星宇宙船のお話し。
地球は、変異型のエイズによる大量絶滅に近い死と、その後の戦争によって崩壊し、生き残った企業が運営するいくつかの小惑星宇宙船が生み出す鉱工業生産物によって生きながらえ、そして未来の人類の希望を火星のテラフォーミングにつないでいた。
だから、彼女が生まれた小惑星宇宙船は、地球人類の命綱。決して切れてはいけない大切なものだった。
その小惑星宇宙船を担う子どもたちには、特別な教育がほどこされる。
なぜなら、彼らが地球を思い、小惑星宇宙船を維持し、発展させ、地球に資源を送り、火星のテラフォーミングを助けなければ、人類の将来はありえないから。
小惑星宇宙船企業に忠実であること、任務に忠実であること、他者に忠実=公共の利益を最優先に物事を考えること…。
いったい彼女たちはどのように育ったのだろうか。そして、どのように他者をとらえ、地球人をとらえ、生活をとらえているのだろうか。
彼女たちを育てた大人達は、彼女たちを理解しているのだろうか。
「エンダーのゲーム」(カード)、「サイティーン」(チェリイ)などと共通するものを感じるが、本書にはもうひとつ、私たちの社会、いわゆる日本社会との類似性も感じさせられる。
集団主義、まわりの動向を見回しながら、ことなかれに、事前に根回しし、調整し、合意を取り付けてから、多数決をとる。ほとんど全員一致になることがあたりまえ。そのことを不思議とも思わない子どもたち。
因縁めいているが、本書の主人公が生まれた小惑星宇宙船の企業名はニホンアメリカ社である。作者は、日本社会を意識したのだろうか、それは分からないが、身につまされることも多い一冊だった。
一方で、本書は、小惑星宇宙船の生活をさりげなく描くことで、作品の魅力を高めている。宇宙船が生み出す加速度と小惑星の重力と宇宙船が生み出す重力によって起こる様々な動きを、スポーツや生活のあちらこちらで表現し、楽しませてくれる。
また、「ガンダム」シリーズのひとつのテーマともなっている、宇宙育ち/地球育ちの認識のありようというものもうまく出していて、このあたりもおもしろさの一端である。
もっとも、本書は、ちょっとはずかしい気持ちになる作品でもある。
なんといっても13歳の多感な少女のモノローグなのだ。
初恋なのだ。性の目覚めなのだ。
甘酸っぱいではないか。
そういうのがお好きな方にも。
(2005.5.14)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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