はるの魂 丸目はるのSF論評


へびつかい座ホットライン

THE OPHIUCHI HOT LINE

ジョン・ヴァーリイ
1977


 ひさしぶりにヴァーリイを読み返したが、すうっと心地よく読める。それは、SFというジャンルのコンテクストに忠実だからであろう。多くのSF作家が、ある未来史を描き、それに沿った世界を構築し、読者に提示する。その中に使われる技術の由来やそれによっておこる文化、社会、宗教、生活などを描きながら、物語を進めていく。その手法のよしあしが、「心地よさ」につながる。その心地よさは、認めうる未来であろうと認めたくない未来であろうと関わりなく存在する。そんな作家のひとりである。

 さて、本書「へびつかい座ホットライン」もまたひとつの未来史を描いている。八世界シリーズと呼ばれる。2050年、異星人により地球はあっけなく侵略され、人類が地球上に築き上げた文明はすべて崩壊させられる。そして、地球ではインベーダーに対してなんの抵抗もできないままに100億人が餓死した。その後、月基地に残っていた人々の子孫が水星、金星、月、火星、タイタン、オベロン、トリトン、冥王星の8つの太陽系内の惑星、衛星に居を移し、新たな人類社会を築いていた。それが八世界である。本書は、八世界シリーズの唯一の長編であり、八世界の姿と、その過去と未来を予感させる作品である。
 本書は、同時にヴァーリイの初の長編であり、後にSF界を一変させたサイバーパンク運動の訪れを感じさせる作品でもある。
 地球侵略から5世紀を過ぎ、クローンと記憶移転技術、性転換や人体改造によって、人々は地球外での厳しい環境を彼らなりに楽な環境に変え、そして、その技術の導入によって、生活や文化、価値観や行動がずいぶんと変わっていった。
 ほとんどの人たちは、地球を遠くに見ながら、それはもはや手に届かないものとしてあきらめていた。インベーダーは、木星型の惑星に進化した生命らしく、時間と空間を生まれながらに操作するすべを持っていた。太陽系には、木星に彼らと同類の生命体が進化しており、また、地球にも鯨類の一部がそれと同様の進化を見せていた。彼らにとって、人類は異質であり、知性を持つものとは見なされなかったのだ。それでも、彼らは人類が迷惑なだけであり、滅ぼす意志を持っていたわけではない。それゆえに、八世界は成立し続けたのだ。
 さて、八世界はどのようにして発展することができたのか。その答えは、「ホットライン」にあった。へびつかい座方面から届き続ける信号に、人類にとって役に立つ情報が含まれていたのだ。それは、生命科学や工学などの技術であり、人類の遺伝子に関する情報であり、解読不能な情報でもあった。このへびつかい座ホットラインからの情報によって、人類は八世界に広がったのだ。
 侵略された母なる星を目の前にしての発展は、人類にいくつかのタブーをつくった。生命科学が花開いたにもかかわらず、人類社会において最大の犯罪は遺伝子を改変することとなる。外見を変え、環境に適応することは構わないが、人類の設計図に手を染めることは人類への犯罪と規定された。この犯罪を犯したものは、クローンとしてよみがえることの許されない完全死が与えられる。
 主人公のリロ(主に女性)は、生命工学の科学者であり、その遺伝子改変の研究によって人類の犯罪者となった。死刑直前のリロを違法なクローン・リロを誕生させることで助け出したのは、地球解放主義者で元大統領のトイード。彼はリロを利用し、リロをはじめ、医師のマリ、暗殺者のヴァッファ、元教師のキャセイらの記憶付きクローンを次々と作っては、彼の目的のために利用した。リロはトイードから逃れようとして何度も殺されてはクローンとして再生されていく。
 本書は、そんなリロの死と再生の物語でもある。最初、死刑囚として登場したリロは、何度も死を迎え、再生する。そして、最後には3人のリロとなり、それぞれが、それぞれの場所で何かを見つけていく。リロをとりまく人々もまた興味深い。先述のクローンたちや、土星周辺の宇宙空間で共生体シンブと融合して存在するリンガーであるパラメーター/ソルスティス、地球生まれのブラックホールハンターであり、宇宙空間に適応した身体を作り上げ、古いSF誌のイラストからデザインしたような宇宙船に乗るジャヴリンなどなど。彼らとのふれあいにより、リロは影響を受け、変わり、変わらない。
 3人のリロの終わりなき旅をもって、本書は終わる。まるでこれから新しい世界をテーマにした物語がはじまるかのような予感を持って。
 本書は不思議な終わり方をする。まるでこれからはじまるかのようなのである。しかし、本書に続く八世界シリーズは存在しない。その物足りなさが、ヴァーリイの面白さでもある。だから、ヴァーリイの短編には高い評価が集まるのだ。

 ところで余談だが、本書では、人類の犯罪者であるリロが行動の自由を確保する必要に迫られ、切符を買ったりするのに必要な生体認証のために、一度腕を切り落として人の腕を一時的に付けたり、培養した皮膚を貼りつけて生体認証を通過したりしている。
 近年、生体認証が本格的に導入され、銀行では静脈認証を行ったり、オフィスでは指紋認証や網膜認証が行われている。私は、あまり生体認証を喜んではいない。それにより、知恵と資本のない犯罪者の犯罪は防ぐことができるだろう。しかし、知恵と少々の資本と、陰惨な行為を行う覚悟があれば、生体認証などたいしたことではなくなるのだ。
 マスメディアで悲惨なニュースが流れる日も遠くあるまい。
 同じような手口は、多くのSFやSF映画、アクション映画で見ることができる。しかし、ふと本書を読みながらそのことを思ったので、書き記しておく。そんなことを思わせるのも、ヴァーリイの特徴かも知れない。

(2005.06.18)





TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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