はるの魂 丸目はるのSF論評


ゴールド・コースト

THE GOLD COAST

キム・スタンリー・ロビンスン
1988


「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」「BLUE MARS」(未訳)のロビンスンが80年代に書いた作品群のひとつである。舞台は21世紀半ばのアメリカ西海岸オレンジ郡。登場人物は、詩人でパートタイムの英語教師で不動産会社社員のジム・マクファースン。彼の友人、恋人、ドラッグ仲間たち…、反体制活動をするアーサー、救急隊員のエイブ、ドラッグデザイナーで売人のサンディ、サーファーでお金とは無縁の生活をするタケシと、企業の副社長になったエリカのカップル、恋人だったヴァージニアに画家のハナ。
 父親のデニス・マクファースンは防衛産業でソ連のICBMを衛星から落とす開発をしている。上司のレモンとは相性が悪い。
 母親のルーシィは今や数少ないカソリックの教会で活動を続け、父と息子の確執に頭を痛めている。
 そして、トムじいさん。
 それぞれの視点から、それぞれの「今」と「日常」が語られる。そして、「オレンジ郡」の過去から現在がよどみなく語られる。「マーズ」シリーズを予感させる語り口である。

 本書の舞台背景には、80年代のロナルド・レーガン政権とそのSDI構想(スターウォーズ計画、戦略防衛構想、Strategic Defense Initiative)と、当時の冷戦の気分が色濃く反映している。レーガン政権は、長引くアメリカの不況を打開するために、双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)政策をとり、大幅な財政支出と輸入超過(ドル高)によって、生産と支出の双方に刺激を与えた。その生産面に寄与したのが軍事産業であり、ソ連を敵国として強く非難し、ソ連の核兵器を押さえ込むことで世界を平和にするとしたSDI構想を発表。宇宙空間でレーザーにより、ソ連のICBM発射から大気圏外にいる間に弾頭を落としてしまおうという途方もない計画であった。ちなみに、日本は、当時の中曽根政権下、日本列島を「不沈艦空母」と位置づけ、防衛拡大を計画した。

 本書では、この景気拡大策により超高層ビル郡がひとつの都市となり、その間をコンピュータ制御された電気自動車が高速で走り回る豊かなアメリカが描かれ、そのかわり世界中に貧困が広がっていることを予感させている。そして、アジア、アフリカ、南米をはじめ、世界中で小さな代理戦争が続いている。

 本書は1991年に邦訳され、その後絶版している。

 2005年の今日、ロナルド・レーガンの直接の後継者であったジョージ・ブッシュの子どもであるジョージ・ブッシュ2世を大統領としていただくアメリカは、敵国「ソ連」が崩壊したことで、仮想敵国を「中国」にあらためるとともに、現段階での最大の「敵」を、「テロ」という行為にみなし、イラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」として、すでにイラク、アフガニスタンを侵攻、強大な軍事力を誇示している。日本もまた、アフガニスタンではアラビア海に海上自衛隊を派遣し、後方支援として給油にあたり、イラクでは戦後復興として陸上自衛隊を派遣し、ボランティア活動をさせている。ブッシュ政権は、MD構想(ミサイル防衛構想)を打ち出しているが、これは、レーガンのSDIとほぼ同じようなものである。

 作品としての本書は、後の「マーズ」シリーズほどの奥行きはない。また、SFとして何があるわけでもない。ちょっとした未来の一風景という感じである。だからこそ、「ソ連」「ワルシャワ条約機構軍」のようなすでに過去となった単語が生きていることを除けば、おどろくほど「今」と同じにおいがする。社会状況のにおいである。
 結局のところ、我々の現実は、80年代の延長でしかなく、それは、さかのぼれば、ニクソンの70年代の、いや1945年以降の延長でしかないことを意識させることである。
 現実の時間の流れと、80年代のロビンスンが予感した時間の流れのずれと共通感を体験することで、今を強く感じることができるだろう。


 それにしても、「ブル−・マース」の邦訳はまだかなあ。

(2005.06.30)





TEXT:丸目はる
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