はるの魂 丸目はるのSF論評
竜とイルカたち
THE DOLPHINS OF PERN
アン・マキャフリイ
1994
パーンの竜騎士シリーズ本編9作品目である。第1作「竜の戦士」が1968年に発表され、以来、正編、外伝ともに長い人気を誇っている。最初のうちは科学的裏付けをハードSFのように設定したファンタジーとばかり思っていたのだが、巻を重ねるにつけてだんだんファンタジー的要素が隠されるようになってきた。ついには、ある異世界の惑星に移住し、その後、文明の衰退を迫られた植民者たちが苦難を重ねながら生き続け、ふたたび文明の一端に触れつつ、これまで培った文化や社会を活かしていこうとする物語に変化していった。とりわけ前著「竜の挑戦」は突然いろんなことが起こりすぎ、ファンタジーを期待していた読者は置いていかれて呆然としたかもしれない。本書もまた、前著の流れを受けたストーリーだが、外伝と言ってもいいかもしれない。前著のサイドストーリーであるからだ。
もちろんマキャフリイのことであり、サイドストーリーも独立した中身の濃い話になっている。今回は海辺の人々がテーマ。そして、隠し球は舟魚である。惑星パーンに移住する際、人類の相棒として連れてこられたイルカたちは知能などが強化され、人語を解するだけでなく発話でき、人類との間に契約関係に近いものをもっていた。イルカたちは、海で活動する人類を守り、海図を作り、天候を示し、魚群に導いた。そして、人類はイルカたちの共生者として、彼らの身体に付く血魚を捕り去り、イルカが傷病を負ったときには彼らを治療した。パーンの人類とパーンのイルカはお互いが必要となると海岸の鐘を鳴らして呼び合っていた。
しかし、パーンに糸胞がふりはじめ、陸上のすべての生命をむしばみはじめたとき、人類はイルカから離れ北の岩棚の地帯に去ってしまった。イルカたちは以来現在まで人類に教わった言葉と彼らの歴史を口伝で守り続けてきた。そして人類がふたたび呼びかけに応える日をずっと待ち続けていた。
そして、ついにイルカの言葉に耳を傾ける者があらわれたのだ。
それは折しも、人工知能アイヴァスがふたたび目覚めさせられ、過去の文明に接したパーンの人々が未来への希望を持って動き始めた時期であった。
アイヴァスの知識をもとにイルカとのコミュニケーションをはじめたパーンの海の人々。
イルカたちの「変わった」言葉が実は、言語のオリジナルを維持しており、パーンの言語の純粋性を守ってきたはずの竪琴師たちでさえも長い年月のうちに発音や言葉が変質してきたことをアイヴァスは教えるのであった。
物語としては、大きな事件が起こるわけではない。また、8巻までを読み、パーンの世界に触れていない人にとってはまったく分からない話が多い。
イルカと人類の共生について考えるために本書を読みたければ、まずは、人類がバイオ技術でパーンにいた火蜥蜴を改造してつくった「竜」と竜騎士の物語を読むしかなかろう。
イルカ類(クジラ類)の知性や人類との共生のあり方については、肉食、鯨食など食や食のあり方と漁業産業、全クジラ類を保護すべきか、ある種のクジラ類は漁業の対象にしていいのかなど、議論がかみ合わないままに、反捕鯨派、捕鯨派という形で、国、自然保護団体、動物保護団体、環境団体、市民、マスメディアがどちらかに色分けされてしまっている。そのため、本書のタイトルの時点で、これまで「竜騎士」シリーズを楽しんでいた人が敬遠したり、あるいは、まったく「竜騎士」シリーズを知らない人が本書を手に取ったりすることがあるだろう。
しかし、そんな議論とは別に、ある種のイルカ類(クジラ類)には、他のほ乳類とは異なるコミュニケーションの楽しさがあるのは確かだし、SFの世界では、チンパンジー、犬に並んで、孤独な人類のパートナーとして存在しているのも確かである。
だから、「イルカ」の単語に敬遠した「竜騎士」読者は、ぜひ本書を手にとって、竜とは違うコミュニケーションのあり方を楽しみ、考えて欲しい。そして、「竜騎士」を知らずに本書を手に取った「イルカ」好きの方は、ぜひ、まずは、「竜の戦士」を手にとって欲しい。自らが作り出した「竜」と対比し、そして竜と同様に「イルカ」を遊ばせるマキャフリイの視点はどちらの方にも楽しんでいただけるはずだ。
日本では前著が2001年に翻訳され、私も買って読んだのだが、以来4年経っていてちょっと忘れてしまった。そのうちもう一度最初から読み返しておきたいと思っている。
(2005.8.14)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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