はるの魂 丸目はるのSF論評
無限の境界
BORDERS OF INFINITY
ロイス・マクマスター・ビジョルド
1989
長編で構成されているネイスミスシリーズの中編集である。3編がおさめられていて、入院中のマイルズがイリヤン機密保安庁長官との会話の中から回想したり、彼に語り聞かせるという形で1冊につないである。
「喪の山」は、マイルズ20歳の物語。マイルズは、士官学校卒業直前の休暇中にヴォルコシガン卿の領地にある別荘を訪ねていた。領地内の小さな村からひとりの女がマイルズの父である国守ヴォルコシガン卿に裁定を求めに来る。殺人の告発であった。小さな先天的奇形を持つ娘が殺されたというのである。他星系から長く隔絶していた帝国バラヤーを他の先進国並みに引き上げたいと願うヴォルコシガン国守は、マイルズに代理として裁定を下すよう命じる。せっかくの休みをふいにされそうなマイルズは、手っ取り早く解決しようとその村に入るが、そこで見たのは、無知と貧困、彼が責任を負わなければならない庶民の現実であった。自らも、「ミューティ」と呼ばれ、奇形を許さないバラヤーの風土の中で育ってきたマイルズは、次期領主として、ひとりの人間として、村人の閉鎖的な社会に入り込み、その窓を開かなければならない。
とても静かな作品である。そして、まったく同じ問題は、この日本で、あるいは、世界中いたるところで大なり小なり起こっている問題である。長編でないからこそ、その物語のエッセンスが光り、マイルズ・ヴォルコシガンという主人公の性格故に、この物語は陰湿にならず、破綻もしない。本作品は、ヒューゴー賞・ネビュラ賞の両賞をとっている。SF的な要素を抜いても成立するようなこの作品が両賞をとったことは、少々の驚きであるが、この作品が人の心に静かな波紋を広げたことは間違いない。
「迷宮」は、マイルズ23歳。デンダリィ傭兵隊のネイスミス提督本領発揮の作品である。作品中には人間の遺伝子に動物の遺伝子を組み込んだ実験体で「狼女」のような「ナイン」が出てくる。実験体の体内に隠された実験試料を入手するために、実験体を殺すためジャクソン統一惑星の商館のひとつに潜入したマイルズ・ネイスミス提督は「狼女」が知性を持った存在であることに気がつき、彼女を作った者、殺すことを指示した者に対して深い憤りを持つ。そして…。
ビジョルドがよくテーマとする「遺伝子改変」を率直に取り上げた作品だが、なかでもこの短い作品は知性や人間性について語りかける物語となっている。
さらには、ネイスミスシリーズと同じ宇宙史に属しつつも、より古い物語である「自由軌道」で登場した新人類クァディーのひとりも登場し、この物語のテーマである「遺伝子改変」にもうひとつの視点を加えている。「自由軌道」のファンにもおすすめ。
タイトル作品である「無限の境界」は、マイルズ24歳の物語で、そのまま長編「親愛なるクローン」に続く物語である。セタガンダの捕虜収容所に閉じこめられた1万人を超す捕虜たち。そのひとりを救出するためにバラヤー帝国機密保安庁から命令を受けたマイルズは、収容所に自ら捕虜として入り込む。物語はもうひとつの「戦士志願」である。マイルズならではの才覚で1万人の人間たちをまとめあげ、そして、大脱走をなしとげる。しかし、マイルズはそこで多くのものを失う。信義を受けたものたちの死は、彼にとって成功の代償としては大きすぎるものだったのだ。
3作品とも、テンポよく物語はすすみ、マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガンならではの行動、会話、事件が語られる。長編だけでなく、もっとこういう小さなエピソードも読んでみたいと思わせる。シリーズの特徴がよく出ている作品集なので、長編が苦手な方は、ここからとりかかるのもいいかもしれない。でも、やはり、まずは、「戦士志願」から入って欲しいものである。
ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞
(2005.10.5)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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