はるの魂 丸目はるのSF論評


親愛なるクローン

BROTHERS IN ARMS

ロイス・マクマスター・ビジョルド
1989


 ネイスミスシリーズとしての時系列長編第4弾が本書「親愛なるクローン」である。日本で出版されたのは、長編2作品目で、「戦士志願」の後に出されている。本書の、主人公マイルズ・ネイスミスは、27歳。デンダリィ傭兵隊の提督として、艦隊の修理のため地球に現れる。中編集「無限の境界」のタイトル作品でバラヤーの機密保安庁から請け負った作戦を終えた後、セタガンダの艦隊や秘密部隊に追われ、バラヤーの軍部と接触ができないまま地球に来てしまったというのが実情だ。だから、マイルズ・ネイスミス提督は、デンダリィ傭兵隊の資金繰りに困ってしまう。地球では、バラヤー大使館付きの大佐にかけあうものの、資金はいつまで経っても送られてこない。しかも、彼は地球に滞在中、バラヤーの有力貴族として、マイルズ・ヴォルコシガン中尉としてのふるまいも行わなければならない。
 ここにはじめて、マイルズ・ネイスミス提督とマイルズ・ヴォルコシガン中尉が同じ星にいて公衆の目にさらされるという状況が生まれてしまう。どちらがばれても大変な問題になるどころか、セタガンダは、ネイスミス提督の暗殺を目論んでいるのだ。もし、マイルズが殺されるようなことがあったら、バラヤーとセタガンダの緊張関係は極端に高まる、それどころか、デンダリィ傭兵隊とバラヤーの関係が発覚することも危険きわまりない状況である。
 そこで、マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガンが思いついたのは、「クローン」。一人二役の理由をクローンに仕立てたのだ。もちろん、クローンなのは、マイルズ・ネイスミス提督。本物はバラヤーの皇位継承権を持つマイルズ・ヴォルコシガンである。
 マイルズは、この冴えたアイディアを活用して危機を乗り越えようとするが、ところが…。

 というのが、本書「親愛なるクローン」の入口である。古き惑星地球の姿、バラヤーがかつて併合したコマールの反体制革命家、コマールとバラヤーの融和の証であるバラヤー軍のコマール人大佐、ネイスミス提督をつけねらうセタガンダの軍、バラヤーとセタガンダの緊張、ふたつの顔を持つマイルズをはさんで、多くの陰謀がうずまき、マイルズを危機また危機に陥れる作品だ。

 ここからはネタバレである。


 それで、嘘が嘘でなくなる。実は、本当にマイルズのクローンが違法に作られ、今のマイルズに成り代わるために育てられ、教育されてきた。もちろん、身体的な不具合は、マイルズの状態をスパイし、それに合わせて健康な身体を手術して変形させてきたのだ。道具としての生きて知性を持った存在。
 バラヤー貴族でありながらも、母が先進惑星であるベータ星の出身であることからバラヤーらしからぬ考え方にも慣れているマイルズにとって、彼のクローンは彼の弟であり、真の敵であってはならない。ましてや、道具として知性を利用することに対し、マイルズはそのことに怒りを隠さない。そして、マイルズを狙う道具としての存在と、弟として、「被害者」としての存在はマイルズにジレンマをもたらす。
 そのジレンマと、マイルズのようには育てられていないもうひとりのマイルズの登場で、前作まで時にはマイルズのもうひとりのトリックスターとして登場していたイワン・ヴォルバトリの位置づけがちょっと変化をみせる。
 それにしても、ここで主人公的な存在をもうひとり増やしてしまったことで、このシリーズは「なんでもできる」状態になった。
 そこで、次作「ミラーダンス」では、このクローンとマイルズが登場し、ついにマイルズが死んでしまうのである。さてさて、いよいよ目が離せない。

 ところで、地球の人口は90億人で安定しているらしい。これだけ植民惑星があれば、ちょうどいいのかも知れない。


(2005.10.12)





TEXT:丸目はる
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