はるの魂 丸目はるのSF論評


遺伝子の使命

ETHSN OF ATHOS

ロイス・マクマスター・ビジョルド
1986


 ヴォルコシガン(ネイスミス)・シリーズの番外編であり、僻地の植民星アトスの生殖医師であるイーサン・アークハート博士を主人公にした物語である。だから、原題は「アトスのイーサン」である。シリーズの主要登場人物で、本書「遺伝子の使命」に登場するのは、戦闘で顔を失い、高度な医療技術で美貌を得たデンダリィ自由傭兵隊のエリ・クイン中佐のみ。もちろん、シリーズで登場する惑星や、関わる出来事もあるが、基本的に本書を読んでいなくても、シリーズそのものが分からなくなることはない。
 もっとも、シリーズのどの作品をとっても独立した物語になっているのが、ビジョルドのおもしろさである。
 さて、本書「遺伝子の使命」に出てくるアトスは、男だけの惑星である。どういう理由かは分からないが、女性を危険で悪のような存在と信じる者たちが、200年前に男の楽園をこしらえた。そこでは、女性は入ることが認められず、男性の移民の受け入れと、生殖センターでの人工出産のみで、人口を保ち、増やしている。もちろん、生まれてくるのは男だけである。
 彼らの創始者たちは、彼らがどの植民星からも遠く、交通の要所にもならない場所でひっそりと暮らしていた。彼ら自身も鎖国を望み、そして、多くの他の植民星や軌道空間、宇宙船で暮らす者たちにとって、アトスは関心外の世界であった。
 アトスは男性の移民を受け入れていたが、彼らが思うように移民の数は増えなかった。そして、今、彼らの人口増加と子どもをつくるための命綱である培養卵巣が次々と機能不全に陥った。その危機を回避するためにジャクソン統一惑星の商館から卵巣を購入したはずが、中身はただの廃物だった。
 アトスには、人口調査船が年に1回訪れるだけである。そこで、アトスはイーサン・アークハート博士を全権大使としてこの船に乗せ、なんとか失った金を取り戻し、あるいは、卵巣を手に入れて買ってくるよう派遣された。
 女性を見たこともない、男性は女性に虐げられていると固く信じているイーサンが、連結宇宙の大きなジャンクションであるクライン・ステーションで出会ったのは、エリ・クイン。そこから彼は大きな事件に巻き込まれていく…。
 というのが本書のストーリーである。
 「遺伝子の使命」では、男性だけの社会、そこでの生活や考え方、その社会外が見る「男性だけの社会」、女性に対する認識。そういうものを「男性だけの社会」を構築することではっきりと読者に提示している。だからといって小難しくはない。はじめて女性のいる社会に入り込んだイーサンのとまどいと女性や他の男性への接し方の変化などが軌道ステーションでの生活の描写とあわせておもしろおかしく描かれている。もちろん、エリ・クインは大活躍でスパイアクションSFと言ってもいい。
 さらに、本編の落ちともからむので、ここでは書かないが、SFのジャンルでは欠かせない特殊な「能力」が、「遺伝子の使命」をさらにおもしろくする。

 それにしても「男だけの社会」ってどんなところだろう。
 ビジョルドは、意外とおとなしく、静かな社会を描いているが、実際のところ、どうなるだろうか。宗教関係では、男だけ、女だけの社会があり、それを描いた作品もあるが、このように大きな人口が隔絶した社会を作った場合、その社会のありようは男性と女性が混ざり合った社会と本質的に異なってくるだろうか。ビジョルドは、あまり異ならないと見ているようだ。本シリーズを読む限り、性よりも、歴史的要素、あるいは、資源などの制約要素から起こる差異の方が大きいということなのだろう。
 はたして、どうだろう。いつかゆっくり考えてみたい。

 ところで、本書「遺伝子の使命」には、こういう設定には多い性描写が少なく、また、のぞき見趣味的な書き方ではないので、子どもであっても考える材料、あるいは、単に楽しめる作品として読むことができる。

(2005.10.23)





TEXT:丸目はる
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