はるの魂 丸目はるのSF論評


名誉のかけら

SHARDS OF HONOR

ロイス・マクマスター・ビジョルド
1986


 ヴォルコシガン・シリーズの一番最初に位置するのが本書「名誉のかけら」である。本編マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガン・シリーズの主人公であるマイルズの父と母の出会いが語られる。主人公は、ベータ植民星の科学者士官であるコーデリア・ネイスミス中佐。本シリーズで、本書「名誉のかけら」と、その続編となる「バラヤー内乱」はマイルズの母コーデリアの視点から描かれている。
 本作品では、ほとんど全編を通してコーデリアはベータ人である。ベータ植民星は早くから技術大国であり、バイオテクノロジーを含むすべての科学技術によって大いに栄えていた。しかし、ベータ植民星そのものは厳しい惑星であり、人々が野外に出ることはほとんどなく、外界とは隔絶した世界で生きていた。 両性は平等であり、クローンも、ごく一部いる両性者も含め、性や出自が社会の指標になることはないいわゆる民主主義国家であった。
 一方のバラヤーは、とあることで植民初期に他星系から物理的に隔絶してしまい、技術は後退し、独自の発展を遂げた。それは、ヴォルと呼ばれる軍人貴族制度が中心の封建的男性優位の帝政国家であった。バラヤーは「再発見」されると同時に他の惑星国家に侵略を受け、それをはねのけて軍事大国化し、他星系への窓口となるワームホールを支配する惑星コマールを侵略したばかりであった。惑星コマールの侵略により、バラヤーは悪名高き好戦的惑星国家として知られるようになった。
 ベータ軍の科学者士官で探検隊隊長としてのコーデリア・ネイスミスが、調査中の惑星でバラヤー軍に襲われ取り残される。一方、のちにマイルズの父となるバラヤー軍人たるアラール・ヴォルコシガン大佐もまた、艦の反乱によって艦長でありながらその惑星に取り残される。アラールの捕虜となったコーデリアは、アラールとともに生存をかけた冒険を余儀なくされる。
 はじめは、悪名高き軍人アラール・ヴォルコシガンをにくにくしく感じていたコーデリアだったが、その名誉を重んじる素顔に次第に惹かれていく。アラールもまた、女性でありながら軍人であり、泣き言を言わず、信義に篤いコーデリアに惹かれていく。
 しかし、双方の軍の作戦により互いは別々の道を行くが、再び、コーデリアがバラヤー軍の手によって危機に陥ったとき、アラールが姿を見せる…。
 ベータ人女性の視点から、野蛮で封建的な男性優位の軍事国家バラヤーの姿を描き、マイルズや他のバラヤー人のふるまいの背景を理解できる作品となっている。
 もちろん、本書「名誉のかけら」は、マイルズのサイドストーリーではなく、独立した一冊のSFであり、冒険活劇である。他の作品と同様、ビジョルドの作品はタイトルにテーマが込められている。邦題は原題の直訳であり、本書はまさに「名誉」がテーマとなっている。技術大国の女性も、後進封建国の男性も、その人間性を問う「名誉」の価値観だけは同じだと、ビジョルドは書き描く。
 暮らしている時代や状況のせいではなく、個人のよって立つ人間性こそが常に問われるのだと描いている。
 Honor=名誉 を辞書で引いてみれば、名誉、光栄、特典のほか、名声、面目、対面、信用、自尊心、道義心、節操、貞節、敬意などが上げられている。
 本書「名誉のかけら」でいう名誉には、自尊心や道義心、節操いった意味も込められていることに注目しておきたい。
 そして、ビジョルドの作品すべてに共通するのが、この Honor なのかも知れない。どの作品の主人公も、このために行動し、このために苦しむ。
 それは物語の王道であり、それゆえに、多くの人に愛される物語となるのだ。

(2005.10.23)





TEXT:丸目はる
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