はるの魂 丸目はるのSF論評
バラヤー内乱
BARRAYAR
ロイス・マクマスター・ビジョルド
1991
マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガン誕生前夜、バラヤーにて。
彼女は、バラヤーの摂政妃であり、跡継ぎを懐妊し、幼帝と帝母の話し相手であり、社交界にデビューしたての注目の女性だった。同時に彼女は先進惑星から来た異星人であり、元軍人であり、母星の英雄であるとともに母星を追われた逃亡者であり、冷静な観察者でもあった。
バラヤーに生きることを「選択」した彼女、コーネリア・ヴォルコシガン卿夫人の目で、バラヤー軍人貴族社会が語られる。それは、彼女を主人公とした戦いであり、彼女を通した人間としての価値の物語である。
本書「バラヤー内乱」は、「バラヤー」という特殊な社会状況を設定し、彼女を含めた4人の女性を通じて、母なるものであることの意味、母なる者にとっての子の存在について、母性と社会の関係を描き出す。
男権社会であるバラヤーのいびつさは、そのまま現代のどんな社会にも存在する過去からの人類の遺産である。前作の「名誉のかけら」で、それはバラヤーのみならず、彼女の出身星であるベータでも変形した形で存在しており、そのことから、バラヤー社会は特別な存在ではなくどこにでもあり得る社会であることがすでに示されていた。
彼女、コーネリアは、その母の象徴として、人間個人に重きをおかないすべての体制、状況に対し、怒りを持つ。彼女の「名誉」は人間個人の価値に重きを置くことだからだ。
彼女はそのために闘う。彼女を通して、彼女以外の3人の女性の母性と価値が語られる。それは、おそらく女性である作者の持つ願いである。
本書「バラヤー内乱」は、安定した政治状況を維持していた先帝が逝去し、幼帝−摂政による新たな政治体制がはじまった直後の不安定な時期に起きたクーデターを、コーネリアの目から語る物語である。のちの作品群で登場するマイルズ、イワン、グレゴール帝、エレーナらはまだ生まれていないか、とても幼い。
それゆえに、他のどの作品よりも、作者であるロイス・マクマスター・ビジョルドの母なるものとしての姿が率直に語られているようだ。
しかし、もちろん、物語巧者であり、すぐれたエンターテナーであるロイス・マクマスター・ビジョルドの手にかかると、それは手に汗握る冒険へと姿を変える。
ある時は言葉で闘い、あるときは知略をめぐらし、あるときは自ら武器をかかえ、あるときは、信頼する部下を死地に送り込む。その姿には、夫であるアラール・ヴォルコシガン卿をはじめ、あらゆる人たちが刮目し、沈黙し、そして、影響を受けて変わっていく。
阿修羅そのものである。
大いに楽しみたい。
ヒューゴー賞・ローカス賞受賞
現在のところ邦訳されているのは本書までであるので、執筆順・邦訳順・宇宙史順に整理しておく。
(執筆順)
「名誉のかけら」1986
「戦士志願」1986
「遺伝子の使命」1986
「自由軌道」1988
「親愛なるクローン」1988
「無限の境界」1989
「ヴォル・ゲーム」1990
「バラヤー内乱」1991
「ミラー・ダンス」1994
「天空の遺産」1996
(邦訳順)
「戦士志願」1991
「自由軌道」1991
「親愛なるクローン」1993
「無限の境界」1994
「ヴォル・ゲーム」1996
「名誉のかけら」1997
「バラヤー内乱」2000
「天空の遺産」2001
「ミラー・ダンス」2002
「遺伝子の使命」2003
(宇宙史順)
「自由軌道」1988
「名誉のかけら」1986
「バラヤー内乱」1991
「戦士志願」1986
「ヴォル・ゲーム」1990
「天空の遺産」1996
「遺伝子の使命」1986
「無限の境界」1989
「親愛なるクローン」1988
「ミラー・ダンス」1994
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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