はるの魂 丸目はるのSF論評
シリウス
SIRIUS
オラフ・ステープルドン
1944
知性の向上をテーマにしたSF作品には悲しい結末のものが多い。そういってまず思いつくのが、「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス 1959,1966)であろう。人とネズミのせつない物語であった。
本書は、それをさかのぼること20年。いまだ第二次世界大戦が終結していないイギリスで発表された「知性の向上」テーマの傑作である。ここで知性を向上させられるのがシリウスという名の犬。
舞台は、第二次世界大戦直前のイギリスにはじまり、大戦中に終わる。本書は、そのシリウスの生涯を振り返る形で書かれている。人嫌いな生物学者は、長年、知性向上の研究を続け、「超牧羊犬」を生みだした。それは、人の命令を的確に判断するぐらいの能力を持った犬である。もちろん、生物学者にとってのそれは実験過程であり、研究費や生活費をかせぐための便利な犬に過ぎなかった。その知性は遺伝的なものではなく、「超牧羊犬」の子は普通の犬であった。しかし、生物学者はついに人間並みかそれ以上の知性を持つ可能性のある犬をつくりだす。彼はシリウスと名付けられ、ちょうど同じ頃に生まれた生物学者の末娘プラクシーと一緒に、ほぼ人間と同様に育てられた。やがて、シリウスは知性を獲得し、生物学者とその妻により、愛情深く育てられる。シリウスは、学び、聞き取りにくいが英語を話し、そして、美しい歌をつくり、歌った。牧羊犬としての体験や、大学での研究対象/研究者としての生活を体験し、シリウスは生まれ故郷に帰る。シリウスは知る。彼は犬であると同時に人間以上のものであり、シリウスとプラクシーは心の絆で結びついていても、彼らは種が異なり、それぞれの生き方がある存在であることを。シリウスの心はふたつに分断され、彼は苦悩する。
やがて、物語は必然としての終わりを告げる。
生命は、生命のあるがままにしか生きられないのだ。
知性とはなにか?
知性を持って生きるとはどういうことか。
なんのための知性か。なんのための生か。
シリウスは、彼を作り出した人間に対し、愛と憎悪を深める。
シリウスは、彼の内に潜む獣性と獲得した知性の間で苦悩する。
難しい話ではない。それは、ジキルとハイドの、フランケンシュタインの苦悩であり、異形、異能、あるいは異種として人間社会にいるものの苦悩であり、つまりはすべての人間の苦悩そのものである。
本書は、戦争に直面したイギリス人の心の動き、あるいは、戦争や人間社会のあり方や行為の不思議さを、人間以上の知性を持った犬という視点から描き出す。そういう意味では、社会分析、社会批評的な作品でもある。
作者のオラフ・ステープルドンは、哲学者であったという。
だからといって難しくあるわけではない。
だれもが抱えることを、すべてシリウスという犬に顕在化させ、彼に、苦悩の中の喜びを、喜びの中の苦悩を表現する。
その美しいこと。
(2005.11.11)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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