はるの魂 丸目はるのSF論評
二重太陽系死の呼び声
THE PLANET OF THE DOUBLE SUN
ニール・R・ジョーンズ
1931
ジェイムスン教授シリーズ第一弾として昭和47年(1972年)に野田昌宏氏の訳でハヤカワSF文庫に登場したのが、本書「二重太陽系死の呼び声」である。手元にあるのが昭和53年(1978年)の第6刷、私が中学か高校のころに買い求めたもの。イラストは藤子不二雄氏によるもので、後に野田昌宏氏は、このイラストを絶賛している。
ジェイムスン教授シリーズを読み返そうと思ったわけは、テレビアニメの「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」を見ていたところ「ジェイムスンタイプ」の会社社長が登場したためである。そういえば、箱形の機械に脳みそを詰めたジェイムスン教授が活躍するスペースオペラがあったなあと思い出し、ひっぱりだした次第。この箱形金属殻の中に、脳みそを詰めてサイボーグとして行動するというパターンは、それ自体がひとつの驚きと楽しさであり、行動と形状のギャップが楽しさを生む。たいていは、かっこいいヒーローの名脇役といった役どころなのであるが、このジェイムスン教授シリーズは、この箱形金属殻サイボーグこそが主人公という点が他の作品とは大きく違うところだ。
簡単にジェイムスン教授が箱形金属殻になるまでを振り返っておくと、ジェイムスン教授は、1958年に死ぬと、その遺志に従ってロケット棺桶で地球の周回軌道に送られた。その後、人類は滅び、次の生命体が栄えては滅び、4千万年の時が過ぎる。地球は自転を止め、生命の姿は消えた。そして、地球から数百万光年! のかなた惑星ゾルより、不死となったゾル人が太陽系を訪れ、ジェイムスン教授の死体が乗ったロケット棺桶を見つけた。ゾル人は、ジェイムスン教授の死体を見つけ、その脳細胞をふたたび活動させて、ゾル人と同じ身体を与え、ジェイムスン教授をゾル人21MM−392として迎え入れたのだ。その姿こそ、「金属でつくられた直方体の胴体をもち、それぞれジョイントをもった四本の脚部がそれを支えている。そしてその四角い胴の上部からは、やはり金属でつくられたらしい六本の触手がつき出ているのだ。そしてその四角い胴の頂部には円錐形をした頭とおぼしきものがついていて、その周囲にぐるりと眼玉が並んでいるのである」(18ページ)、箱形金属殻サイボーグであった。ということで、ジェイムスン教授は、はるか時を超え、人類の最後の生き残りとしてゾル人の仲間に加わるのであった。そして、その驚くべき知恵と勇気でもって、宇宙の様々な驚異に出会い、八面六臂の活躍を行うのだ。
とにかく、時間も、空間も、死をも超越したジェイムスン教授が恐れるのはただひとつ、金属殻に包まれた脳みそをつぶされることだけ。しかも、一度死んでいる教授だから恐れるものはそれほどないのだ。史上最強の主人公かも知れない。
このシリーズは、短編が3作品ずつまとめられていて、4冊出ている。第一冊目の本書「二重太陽系死の呼び声」は、ジェイムスン教授が誕生するまでが第一部「機械人21MM−392誕生! ジェイムスン衛星顛末記」、二重太陽系にゾル人達と冒険に行き、第一惑星ですべてのゾル人の仲間を失い、しまいには破壊されたゾルの宇宙船ごと二重太陽系の公転軌道にのって永遠のとりこになるまでが第二部「奇怪! 二重太陽系死の呼び声」、約600年後、第二惑星に宇宙技術が栄えてジェイムスン教授が第二惑星の三脚人に助けられ、第一惑星でゾル人の一部とも再会し、失った仲間の仇を討つまでが第三部「仇討ち! 怪鳥征伐団出撃す」として、一連の物語になっている。
なんといっても1931年というSF初期の作品であり、いまだ人類は月も原子力爆弾も知らない時代の物語である。その自由な荒唐無稽さは、今日には書くことができないうらやましさがある。
歴史的な作品であり、コンピュータグラフィックスによってどんなに荒唐無稽な世界でも自由にビジュアル化することができる現代では小説として読むのはつらいかも知れないが、映像化する脚本としてみれば、なかなかに楽しいので、もし古本屋や図書館で見つけたら、一度読んでみてはいかがだろう。
(2005.11.27)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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