はるの魂 丸目はるのSF論評


天空の劫火
THE FORGE OF GOD

グレッグ・ベア
1987


 グレッグ・ベアの「地球最後の日」である。本書「天空の劫火」が出版されたのは1987年。物語はその10年後の1996年にはじまる。
 その年、木星の衛星エウロパが消えた。なんの痕跡もなく、突然に地球から観測できなくなった。
 そして、その直後、アメリカ、オーストラリア、そして、おそらくモンゴルなどに異星から来たと思われる不思議な構造物が砂漠などに現れる。構造物は、小さな火山のような見た目をしていて、地質学者や地図屋でもなければ気づかないようなものだが、それでも明らかに異質であった。アメリカでは、その「火山」のすぐそばで、死にかけながらも英語をはっきりと話す異星人がみつかり、発見者ともども軍によって確保された。その異星人は、地球がある機械知性勢力によって破壊されることを告げ、彼らはすでに滅ぼされた惑星種族の一員であると告げて死んでいった。一方、オーストラリアでは3体のロボットが姿を見せ、彼らは地球人に友好の目的で訪問したのだと告げた。
 モンゴルなどは、ソビエトを中心とする東側体制のもと、西側には情報が伝わってこない。
 そう、物語は1986年に書かれ、すでに、ゴルバチョフ体制下でペレストロイカ、グラスノスチがはじまっていたものの、誰も、東側=社会主義体制とソビエト連邦が崩壊するなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
 それはともかく、本書「天空の劫火」の1996年では、オーストラリアが早々に事態を公表。しかし、地球の終わりを告げられたアメリカは、その事実をひた隠しにした。ときのアメリカ大統領は、その事実の恐ろしさに「黙示録」の世界にはまりこみ、座して神の審判を待つとの判断を下す。そして、翌年、真実を隠したまま大統領選挙に当選した大統領は、当選演説の際に、アメリカ国民と世界に対し、真実を語り、静かに地球の破壊を待つように告げるのであった。
 果たして、本当に地球は破壊されるのか? そして、それはなぜ? 宇宙は、宇宙の知的生命体はどのようなことになっているのか? もし、本当に地球が破壊されるのならば、それはどうやって? そして、地球人にはなすすべもないのか? 救いはないのか?

 本書「天空の劫火」は、1年で地球は破壊されることを知った人類の物語である。その、破壊は決定的であり、生きのびる余地はない。それは、人類だけでなく、地球のあらゆる生命、生命系、生態系、いや、大気圏、地表のすべてを破壊するものであり、地球という惑星が、生命に満ちた星から、ただの太陽の周りを回るだけの冷たい星になることを意味した。絶望である。そこに、真の救いはない。
 そんな時に、私はどうするのだろうか? ふだん通りに生き続けることができるだろうか?
 そういえば、新井素子の「ひとめあなたに…」は1985年に出版されている。こちらは、小惑星が地球に衝突し、人類が破滅することが明らかになった最後の1週間の物語である。
 そういう時代だったんだな。

 それにしても、グレッグ・ベアは容赦がない。そして、その容赦のなさは、いっそ美しい。「ブラッド・ミュージック」とは異なる、極めて圧倒的な存在感のある力を前にしたとき、それは滅びの美という世界になるのかも知れない。なんと人間の感性とは恐ろしいものだろうか。

 ここからはネタバレになるのだが…


 それでも、人類という種には、最後の希望と救いが示される。地球を滅ぼした「敵」の「敵」が人類のごく一部を「法」にのっとって救い出すのだ。それは、本書でも書かれるラブロックの「ガイア仮説」を引き立てるための結末である。
 本書では、ガイア仮説の拡大解釈が死にかけた主人公の友人によってなされる。
 数ページに渡って、ガイア仮説(改)をベアが語る。
「ガイアとは地球全体である。彼女は生命を得て以来、もう二十億年以上もひとつの有機的総体として、単一の生物として、存在してきた。しかし、ガイアと人類または犬、猫、鳥などが完全に似ていると見ることはできない。なぜなら、最近までわれわれは現実の独立した有機体を決して研究したことがなかったからである」(下巻113ページ)「われわれは両生類の足に匹敵する重要な器官−−高度に発展した脳−−を獲得した。突然、ガイアは自意識を持ちはじめ、外部に目を向けはじめた。彼女ははるか彼方の宇宙を見ることができる目を発達させ、自分が征服すべき環境を理解しはじめた。彼女は思春期に達した。まもなく再生をはじめるだろう。(中略)人類は、生殖腺以上のものだから。われわれは胞子や種子の作り手であり、ガイアのなんたるかを理解するものであり、そしてまもなく、われわれはほかの世界に命を吹き込む方法を知るようになるだろう。われわれは宇宙船に乗ってガイアの生物学的情報を宇宙に運び出すだろう」(下巻115-116ページ)

 そして、本書「天空の劫火」では、地球が破壊される=まもなく宇宙に子を出すはずのガイアが不慮の死を迎える=ゆえに、作者であるベアは救いを残した。そして、この救いが、続編「天界の殺戮」につながるのであろうが、はたして、ベアは、本書「天空の劫火」を書く際に、続編のことまで考えていたのだろうか?

(2005.12.15)





TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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