はるの魂 丸目はるのSF論評
天界の殺戮
ANVIL OF STARS
グレッグ・ベア
1992
1987年に出版された「天空の劫火」の続編である。前作「天空の劫火」は、地球最後の日ストーリーで、ほとんどの人類がほろび、地球は内部から破壊され生態系は壊滅してしまう。地球の破壊を起こしたのは、自動機械知性。送り出したのは、どこかの知的生命体。前著では、地球が破壊されるとき、別の知的生命体群が送り出した自動機械知性によってわずかな地球人が救い出され、そのなかの子どもたちの一部が宇宙の「法」の定めに従って「敵」を探し、滅ぼすための旅に出るところがエピローグとしてわずかに触れられていた。
本書「天界の殺戮」は復讐の旅に出た子どもたちの物語である。それは、「エンダーのゲーム」を彷彿とさせる、宇宙船内での子どもたちの社会の物語であり、その訓練の物語であり、「滅ぼす側」に回った者たちの苦悩の物語である。
地球の生命体や他の星の生命体を滅ぼした「敵」であることをどうやって突き止めるのか? 果たして「敵」は今も、他の知的生命体を滅ぼそうという存在なのだろうか、それとも、そのことを悔い、変異した生命体なのだろうか。たとえ、それを悔いていても「法」に従って、彼らを滅ぼすべきなのだろうか。「敵」が他の知性体に紛れていたり、他の何も知らない知的生命体を生みだし、その生命の盾に守られていたとしても、その無実で無辜の生命体を含めて滅ぼすことができるのだろうか。
もし間違ったら、どうすればいいのか。
高度な宇宙文明の自動機械知性の宇宙船に乗った人類の生き残りである子どもたちは、意志のある武器となり、自らの存在理由に悩みながら旅と、探索と、訓練を続ける。
そして、「敵」と思わしきものとの邂逅。戦い。敗戦。多くの死、別れ、新たな苦悩が彼らを待ち受ける。彼ら人類の子達を導く宇宙船の自動機械知性は、近くにいる別の「復讐者」との合流をすすめる。ふたつの宇宙船はひとつにまとまり、ふたつの滅ぼされた知的生命体が同じ船で同じ目的を共有し、生理、生態、思考、文化、価値の差の中から新たな苦悩と希望を見いだす。
ふたたびの「敵」の発見。はたして、彼らは、彼らの目的を果たすことができるのか? それをすべきなのか?
なんといっても「天界の殺戮」である。殺戮の幅が半端ではない。前著では、50億の人類とすべての生命が殺害されたが、それでも惑星ひとつである。ところが、「敵」と思しき存在は、そんな破壊のための自動機械知性を宇宙の全方位に向けて発射するだけの力を持つ存在であり、自らの出自の惑星だけでなく、多くの太陽系とその惑星や恒星を改変し、自らの目的に合うよう作りかえるだけの力を持つ存在である。「敵」を滅ぼすとなると、いったいどれくらい「天界の殺戮」を行わなければならないのだろうか。
それほどの「殺戮」を行える存在は、それ自体が「脅威」ではないのだろうか?
そんな地球人の子どもたちは、自らを「パン」(ピーターパン)、「ウエンディ」と呼ぶ存在である。
そこで思い出すのが、80年代後半を彩った「ピーターパン・シンドローム」だ。
本書「天界の殺戮」は、閉鎖環境、子どもたちの社会、復讐という単一目的という状況の中での「ピーターパン症候群」を書き下した作品なのではないか? そして、80年代、90年代、ひょっとすると現在に続くまでの社会心理を描こうとしたく作品ではなかろうか? そのように読むと、なかなか興味深い作品である。
80年代かあ…(遠い目になる)…。うれしはずかし10代後半から20代前半だもんなあ。「ピーターパン症候群」「逃走論」「ゲーデル・エッシャー・バッハ」「ホーキング、宇宙を語る」の時代だ。軽い知的好奇心の時代だものなあ。
それを受けて、こういう作品が出てくるんだ。読み方によっては人物の会話ばかりでうっとうしいけれど、そんな時代だったのだ。重たい知的好奇心を軽く語り、内面に苦悩を隠すのだ。
いずれにしても、本書「天界の殺戮」は、前著「天空の劫火」の直接の後編であり、壮大なSFドラマなのであるが、前著と本書は、絶滅させられるもの/絶滅するものの関係という位置づけを除いて、物語としては独立したものである。もちろん、前著「天空の劫火」で細かく語られる「地球の破壊」の余韻を受けて本書「天界の殺戮」を読めば、主人公の子どもたちの「苦悩」はより理解できるが、読んでいなくても構わないだろう。ちなみに、本書「天界の殺戮」の主人公は、「天空の劫火」の主人公の息子であり、父の視点から息子の話は時折語られている。そういう意味では、前著を読んでいた方がおもしろいかも知れないが、子どもはすぐに成長するからねえ。
(2005.12.23)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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