はるの魂 丸目はるのSF論評


フェアリイ・ランド
FAIRYLAND

ポール・J・マコーリイ
1995


 680ページにおよぶ豪華絢爛のSFであり、SFファン向けのファンタジーである。長すぎないか? ちょっと疲れた。
 本書「フェアリイ・ランド」は、1999年に早川書房の単行本として出版され、2006年に文庫化された。文庫版として私は初読である。
 90年代のキーワードをみごとに散りばめた作品は、舞台が21世紀前半のイギリス、ヨーロッパ。異常気象や大震災で混乱し、復興し、貧富の差が激しくなる世界が華々しいストーリーの舞台となっている。主人公は、デブで衣装センスのない遺伝子ハッカー・アレックス。登場時はまだ若くて血気盛んなのだが、だんだん年をとって丸くなり、狡猾にもなるのがなんともよい味を出している。
 登場するのは、ドール。どうやらヒヒから遺伝子改造してつくった人工生命。その脳にチップを入れて人間の命令を理解し、行動するようにできている。性はない。韓国のバイオテクノ企業が独占的に開発、供給している。
 中国系マフィアが、ドールに違法に性を与え、改造し、繁殖力をつけて、闘争用、性産業用などに使おうとする。その遺伝子ハックのために主人公のアレックスが使われる。性分化をすすめる人工ホルモンを開発させられるのだ。
 アレックスはかつて精神活性ウイルスを製造するチームにいて逮捕歴がある。彼はウェブに入り浸り、視覚系を混乱させ実在しないゴーストを見えるようにする精神活性RNAウイルスを開発して、ウェブや裏世界では名の知れた存在だった。まあ、今風にいうと「神」といったところだ。
 そこに登場するのは、ある企業が人工的に知性を向上させるプログラムで誕生し、唯一成功したミレーナという美少女。金属添加の超伝導球状炭素分子(バッキーボール)でナノロボット(フェムボット)をつくり、人工の細菌、ファージなどとして世界に放っている。そのあるものは精神活性ウイルスのように人に現実のような幻覚を見せ、そして、会社はそれらを駆逐するユニバーサル・ファージを売って利益を得ている。ユニバーサル・ファージが買えないものたちは、次第にさまざまなフェムボットに感染し、無理矢理に広告を、宗教を、思想を感染させられる。
 ミレーナの願いは、ドールの「解放」と、新たな存在の確立。人間を超えた知性体の世界だという。ミレーナは、ドールのチップを取り外し、人工ホルモンを与え、ドール用のフェムボットに感染させ、手術して「解放」する。それはフェアリイと呼ばれた。
 ミレーナはアレックスの前から姿を消し、アレックスはミレーナに何かを感染させられ、ミレーナを追い続ける。何年も、何十年も。その時の流れで世界は変わり、金を持った人々は完全環境計画都市群に暮らすようになり、都市とそれ以外の世界になりつつあった。
 そして、人類は有人火星探査船を送り、120億人の人類とそれ以外のものたちからなる世界は新たな予感を感じていた。
 世界は、ドールと、フェアリイたちが住むフェアリイランドと、完全環境計画都市群に住み、ウェブに依存する人類と、それ以外の人類、そして、さまざまなミームに感染した生命で成り立っていた。フェムボットや精神活性ウイルスにより宗教観や行動を植え付けられたものたちである。
 やがて、フェアリイランドからは新たなフェムが次々に生まれ、さらに異質な生命達が生まれ、ウェブは拡張し、大きな戦いと変化を迎えようとする。

 本書「フェアリイ・ランド」には、1990年代に予感されたあらゆる危険が詰め込まれている。遺伝子汚染、ミーム汚染、核燃料再処理施設事故、クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病の人版)、大天変とよばれる異常気象により地中海地方に雨の降り続いた3年、アルバニアなどの大震災、環境難民、経済格差、スラム、飢餓…。
 その中で、主人公は変わった形であれ「愛」を追い求め、人と地球の生命のあり方は変わろうとする。
 それは、まるでトールキンの「指輪物語」の続編である。
「指輪物語」では、エルフやホビット、オークやトロール、狼男や鳥人が消え、人間の時代のはじまる「第三紀」の終わりを書いている。その最後にすべての種族による大きな悪との戦いがあった。
 本書「フェアリイ・ランド」では、人間の時代の終わりを予感させ、多くの存在の登場と、新たな種族の時代の始まりを予感させる。それは「第四紀」の終わりの物語といってもいいかも知れない。そして、「指輪物語」と同様に、大いなる戦いをもって本書は終わる。
 そう読むと、本書の主人公デブで服装のセンスのないアレックスは、「指輪物語」におけるホビットのフロドの役割を担っているのかも知れない。

 本書「フェアリイ・ランド」については、テクノゴシックの大作として位置づけられ、火星探査と月探査の位置づけなどから60年代後半の世界との対比をされているようだが、イギリスのファンタジーの系譜からも注目してみてはいかがだろうか。
 もちろん、本作のタイトルが「フェアリイ・ランド」で「指輪物語」との関連があると思われるからと言っても、ファンタジーファンでSF嫌いの方に本作品はお薦めできない。
 なにぶんにも、生命科学技術、極微分子技術、情報科学技術に加え、近未来の気象学、社会学、地政学、経済学などの背景があって書かれている作品である。一筋縄ではいかないし、読み飛ばすには重すぎる、分厚すぎる。
 心して読んで欲しい。おもしろいけれど、ああ疲れた。

 ところで、主人公が汎用している「クールZ」って、ディックの「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」に登場する「チューZ」「キャンD」を思わせる。そういうSF的お遊びにもあふれている。


(2006.1.22)





TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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