はるの魂 丸目はるのSF論評


竜の卵
DRAGON'S EGG

ロバート・L・フォワード
1980


 SFにくくられる作品群の中には、分かりにくい科学的な知識や発見、理論を物語に変えることで分かりやすく伝えるという分類ができる作品がある。
 本書「竜の卵」は、まさしく、科学的な理論を読者にできるかぎり分かりやすく、感覚的につかみやすくするために考え出された作品である。
 重力理論の科学者として、中性子星上に生命ができる環境を設定し、その進化と挙動を通じて、重力、時間、物質のふるまいのおもしろさを理解させてくれる。もちろん、小説だけでなく、著者による科学的解説「専門的補遺」も巻末に添えられており、単なる科学解説だけでなくお遊びを入れながら科学的な知識を得させようとしている。この中には、「ノーベル賞、ピューリッツァ賞、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、メビウス賞を同一年内(2053年)に獲得した唯一の書物」についての言及もある。そいつはすごい。
 もちろん、本書「竜の卵」がただの科学解説物語と違うのは、作者ロバート・L・フォワードが、科学者であると同時にアメリカSF界を支えてきた積極的ファンであったということだ。作品冒頭の感謝分の中には、ラリー・ニーヴンの名前があり、「彼らに何をさせるかを考えた」とある。そう、ニーブンらしい異星知性生命体が登場する。
 紀元前50万年前、50光年先の連星が超新星となった。その影響で直径20kmの中性子星が太陽系方向にはじきとばされた。そして、50年後、地球に超新星の光が届き、地球の気候も変動し、人類の進化がはじまった。中性子星は、50万年かけて太陽系に近づきつつあった。西暦2000年には、670億G、自転速度毎秒5回の中性子星は、太陽の0.1光年まで近づき、まもなく通り過ぎようとしていた。そして、その星の表面では、液体中性子の中心核の上に中性子に富む原子核の結晶格子地殻ができ、鉄の蒸気の大気の中で原子核化合物による生命が誕生し、知的生命体へと進化をはじめていた。彼らは、人類と比べ100万倍の相対的時間で生き、進化し続けていた。
 そこに人類の探査船が近づき、人類は中性子星の上の知的生命体チーラに接触し、大いなる変化が始まった。
 本書は2020年4月23日にはじまり、2050年6月21日に終わる異星知性生命体との接近遭遇物語である。実際の接触は2050年6月14日に、チーラが天界の変化に気がつき宗教的変化を起こし、6月20日の人類によるレーザー探査がチーラの宗教に新たな変化をもたらし、それにより人類が中性子星上の変異に気がつき、パターン信号を送り、それにチーラが答えたことで人類とチーラとの接触がはじまる。それは、人類にとってはわずか24時間の接触だが、人類より100万倍の時間的早さで生きるチーラにとっては数千年、数万年に相当する期間であり、まばたきする間に、チーラは進化し、進化し、進化するのだ。人類から送信された人類の科学、歴史、文化の情報を飲み込みながら、彼らは、中性子星人としての存在と視点から進化する。そして、人類よりも遠くへと進んでいく。
 その人類との接触による進化の動きは読むものに軽い時間的めまいを与え、それが感動につながる。
 悪い言い方をすれば、きわめて人類的な知的生命体であったり、ちょうど人類と接触する頃に、科学的進化の時期をチーラが迎えるなどご都合主義の鏡のような作品である。
 異星生命とのコミュニケーションのありようについて真剣に考え、作品化したスタニスワフ・レム(「ソラリスの陽のもとに」など)が読んだら、「まったくアメリカ人ってやつは」と言いそうなステレオタイプ異星人である。  しかし、まあ、だからこそ大衆文化としてのSFであり、大衆文化が生んだ中性子星人チーラは他にはない魅力ある存在なのだ。

(2006.1.27)





TEXT:丸目はる
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