はるの魂 丸目はるのSF論評


変革への序章
BRIGHTNESS REEF

デイヴィッド・ブリン
1995


「サンダイバー」「スタータイド・ライジング」「知性化戦争」に続く、デイヴィッド・ブリンの「知性化」シリーズであり、「知性化の嵐」3部作の第一作にあたるのが、本書「変革への序章」である。これに「戦乱の大地」「星海の楽園」が続く。
 さて、この三部作は、だいたい1〜2年の間隔で出版され、日本でも2001年から2003年にかけて年1作ペースで翻訳出版された。私はリアルタイムで翻訳書を購入、読んでいたが、正直なところ1年も経つと話の筋や登場人物の特徴、過去を忘れてしまう。私はもともとがざる頭で、読んだはしから忘れることにしているため、覚えてない。そこでそのたびに、前著を引っぱりだして、なんとか自分の中でつじつまがあっているような気持ちになるのだが、本シリーズでは、ていねいに用語とキャラクターの解説がついているので、それを読めばだいたいのところはなんとかなる。同じことが、フランク・ハーバートの大作「デューン」シリーズにも言えるのだが、とにかく読むのにも根性と記憶力が試される。
 万人にはおすすめはできない。いや、万人におすすめできても、私にはもしかしたらむいていない。それでも、時折果敢に挑戦したくなる。

 もし、「スタータイド・ライジング」の世界に惹かれ、銀河の列強種族に追われる探査船ストーリーカーの行方が気になっているならば、そして、「知性化戦争」での惑星ガースをめぐる人類、チンパンジー、異星人種たちの闘いと知恵比べの物語を楽しんだならば、「知性化の嵐」三部作に手を出すとよいだろう。なお、本書「変革への序章」は、ハヤカワ文庫SFで、上下巻約1100ページ。「戦乱の大地」もほぼ同じ、上下巻約1200ページ弱、「星海の楽園」も、上下巻約1100ページである。つまりは、約3400ページ。6冊ならべると13cmの幅があなたを待っている。しかも、途中でやめようと思ってはならない。なぜならば、「知性化の嵐」三部作は、独立していないからだ。1作品ごとに完結していない。「知性化の嵐」で1作品とみてもいいかもしれない。最初に3部作6冊(ハヤカワで)を手元に用意し、読み始めた方がいい。古本などで部分的に入手したり、本書「変革への序章」だけを手に入れたりすると、続きが気になって夜も眠れなくなってしまう。時間はつぶれる。頭は多数の人類・非人類を含む登場キャラクターの前にこんがらかり、こき使われてしまう。さあ、どうする。

 さて、よけいな話はさておき、本編の内容である。時期は、「スタータイド・ライジング」や「知性化戦争」の少し後と考えればわかりやすい。それほど遠くない先で、直接前二作には関係なく、物語がはじまる。
 場所は、惑星ジージョ。休閑惑星である。休閑惑星とは、知的種属が惑星を利用した後、生態系の回復と次の準知性化種族の誕生まで長期にわたって惑星を立ち入り禁止にする、銀河社会のルールである。惑星ジージョのある星系は、酸素呼吸生物ではなく、水素呼吸型の生物による管轄権があり、酸素呼吸生物はめったなことでは訪れない。それゆえ惑星ジージョは長い休閑の歴史に静かにたたずんでいるはずであった。
 しかし、酸素呼吸型の知的種属のひとめにつきにくいことから、いくつかの知的種属のグループが、それぞれの理由から惑星ジージョに逃げ、不法入植をしていた。その数は7つを数える。あるものは、銀河社会から追われ、あるものは同種族から追われ、あるものは同種族の異端として、それぞれの理想を胸に、不法入植してきた。そして、1種属は、彼らの望み通り、「下への道」すなわち知性を放棄し、準知性体に戻る道を達し、かつては宇宙航行種属だったことも忘れ、言葉の多くを失っていた。のこりの5種属も、同様の道を求め、彼らが乗ってきた宇宙船を棄て、その技術を棄てて、惑星の一部分「斜面」のみにつつましく暮らしていた。彼らもまた、最初の1種属と同様の道をたどり、遠い将来に彼らの不法入植が許され、もう一度「知性化」される日が来ることを願って。そして、もう1種属、孤児種属として銀河社会の仲間入りをした新参の人類のグループも惑星ジージョにいた。彼らは銀河社会に属して間もない頃、人類社会に追われる者たちとして、惑星ジージョに逃れてきた。人類もまた彼らの宇宙船を棄てたが、銀河社会にはない「紙」でできた「本」を大量に持ち込んだ。すでに、「記録」を失っていた先入5種属は、「記録」する技術を手に入れ、そのことから、知性を残していた5種属と人類は、新たな「歴史」を刻みはじめる。当初の不信と戦争を乗り越え、現在は、6種属がともに同じ場所で暮らし、それぞれの種族的特徴や文化を生かしながら、新たなジージョの斜面文化と言えるような共生の道を見つけていた。これを「大いなる平和」と呼ぶ。
「斜面」とは、地殻の動きによって、遠い未来に惑星からマグマの海にすがたを消す部分である。彼ら6種属は、自らが不法入植した先祖の罪をつぐなうため、自らの生存のための行為が、惑星ジージョに将来痕跡を残さないよう、最大限の注意を払い、その行動に規制をかけていた。6種属は、先に脱知性化した1種属を理想としながら、ひそやかに、そして、仲良く暮らしていた。  それは、生き馬の目を抜くような緊張と競争とかけひきにあけくれる銀河社会の知的種属のありようとはかけはなれた光景である。
 しかし、この平和が今崩れようとしている。
 突然、巨大な宇宙船が惑星ジージョに降り立つ。奇しくも、彼ら6種属の祭りであり、決定の場でもある「集い」の日に、その場所に。そして、中からでてきたのは…。
 6種属の間に亀裂が入り、大いなる平和の日々にくさびが打ち込まれる。はたして、6種属は生き残ることができるのか? それとも、彼らの不法入植の罪を問われるのか? それとも、何か別のトラブルに巻き込まれるのか?
 銀河社会からやってきた宇宙船は、この惑星ジージョと、6種属に何を望むのか? 物語の幕が開き、壮大なドラマがはじまる。
 ってな感じである。
 いくつものドラマが、いくつかの視点でそれぞれに語られ、それぞれのエピソードが絡み合いながら、ひとつの大河ドラマを構成していく。そして、それは人類の物語だけではない。嚢環種属トレーキの賢者アスクスによる賢者たちと異星人の物語であり、フーンの少年アルヴィンによる、ヒトを除く5種属の少年少女の冒険の物語であり、紙漉師ネロの子どもであり、物語の主人公ともいえる、サラ、ドワー、ラークの異端の物語でもある。サラは、宇宙から大けがをして落ちてきた賓(まれびと)とともに旅をすることになった数学者で言語学者。ドワーは、斜面の外を旅しながら賢者の依頼で調査と、探査を行う孤独な猟師。ラークは、銀河社会から降りてきた征服者の案内役兼、彼らの意図を探るスパイ役となった男。彼は、ジージョの種属が自然にまかせるのではなくすみやかに自らの脱知性化させるべきと唱える異端の博物学者でもある。惑星ジージョの特異な生態世界を背景に、いくつもの物語が流れていく。そして、積み上がられる疑問の数々。
 惑星ジージョで6種属を結びつけた聖なる卵とは?
 アルヴィンたちは海の底に何を求められ、何にめぐりあうのか?
 惑星ジージョに降り立った異星人の目的は? 彼らは何を探しているのか?
 本書の最後に登場した巨大な宇宙船とは何者か?
 賓はなぜ惑星ジージョに落ちてきたのか? どうして大けがをしているのか?
 ところで、「スタータイド・ライジング」で、再び逃走に成功したネオ・ドルフィンによる探査船ストーリーカーの行方は??
 もったいをつけながら、話はどのエピソードにもなんら結末をつけることなく、「戦乱の大地」へと続く。
 忘れないうちに、次を読まなきゃ。

(2006.05.28)





TEXT:丸目はる
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