はるの魂 丸目はるのSF論評


スノウ・クラッシュ
SNOW CRASH

ニール・スティーブンスン
1992


 アスキー出版局から1998年に出版され、その後、2001年にハヤカワ文庫SFで文庫化される。私が持っているSFのほとんどは文庫なのだが、時折、発作的にハードカバーで買ってしまう。本書「スノウ・クラッシュ」の釣り文句は「全米ベストセラーSF これは90年代の『ニューロマンサー』だ」であった。「ポスト・サイバーパンク」の語に、はて、私は時代に乗り遅れまいとしていたのであろうか。それとも、アスキー出版局から出たから、しばらく文庫化されることもなく、ひょっとすると入手困難になると思ったのかも知れない。もう、10年以上前のことだから、覚えていない。人は、忘却の生物である。

 近未来のアメリカ。崩壊した国家。合衆国連邦は、その実質的テリトリーを失い、連邦政府は戯画化した官僚システムとして現実への実効性なく存在している。人々と企業と宗教と裏稼業は、自らテリトリーを築き、宣言し、他者との境界をつくる。小さな、国家とは言えない無数の国家。テリトリー間をつなぐ道路などインフラは、いくつかの企業が独占し、サービスを提供する。連邦や州政府は、売れるものをすべて売り払ったのだ。経済システム化した国家は、それゆえに破綻する。小さなテリトリーをつなぐのは、特殊なスケートボードに乗り、通りがかる自動車の推進力を借りて疾走する特急便屋。
 Y・Tは、WASPで、連邦政府プログラマーの母と暮らす15歳の少女。アルバイトは、特急便屋。全身をフル装備にして、今日も各地を疾走する。
 ヒロ・プロタゴニストは、配達人。ピザチェーン“コーザノストラ・ピザ”の配達人という厳しくも名誉ある仕事についている。30分以内に届けられなければ、アンクル・エンゾに連絡が行き、エンゾはどんな状態であっても、顧客のところに飛んでいって謝罪するのである。アンクル・エンゾ、マフィアのドンである。彼は、ファミリーを大切にし、名誉を重んじる。そして、マフィアの主要な事業であるピザ宅配の仕事の大切さを誰よりも知る男である。
 ヒロは、その日、しくじった。そして、Y・Tがその窮地を救った。
 ヒロ・プロタゴニスト。日本育ちの韓国人とテキサス育ちのアフリカ系アメリカ人の間に生まれた中年男。3Dのネット仮想空間メタヴァースの初期からフリーのプログラマーとして活躍し、プログラマーが企業などのシステムに組み込まれる中でもフリー・プログラマーを続けている伝説の男。ゆえに、食い詰めている男。ネット上の仮想人格上でも、現実世界でも日本刀を持ち、刀を振るわせたら最強の男でもある。
 Y・Tは、ヒロとの出会いの事件でアンクル・エンゾと接点を持ち、スノウ・クラッシュをめぐる出来事に巻き込まれていく。
 ヒロは、メタヴァースでスノウ・クラッシュに出会い、いくつもの死と、戦いと、謎解きを迫られる。
 スノウ・クラッシュ。それは、新たなドラッグ。メタヴァース上でも、現実世界でも同じ機能をするもの。メタ・ウィルス。究極のミー。
 ミー。知的社会的存在を制御するプロトコル/プログラム。ミーを操るものは、すべてを操ることができる。いわゆるミームと呼ばれるものに近いが、それを包括するもの。

 ロシアから流出した核兵器を持つ男が鍵を握る。
 新興宗教を次々と起こした企業家が秘密を握る。
 殺されたヒロの仲間が使っていたAI人格のライブラリアンが、情報を握る。
 大型タンカーと小さな無数の船に接続された元空母エンタープライズ上に、すべてが集まる。

 って、こんな風に書くと、シリアスなヴァーチャルリアリティ空間と現実空間でのサスペンス仕立てなサイバーパンクっぽいでしょ。でも、「ポスト」っていうぐらいだから、サイバーパンクとはちょっと違うね。まあ、サスペンス仕立てなのは、その通りなんだけれど、ハリウッド映画化されちゃったサイバーパンクって感じよ。アニメ化されたサイバーパンクって言ってもいいかも知れない。そのなかに、スノウ・クラッシュをめぐるヒロの謎解きが折り込まれていて、ちょっとした知的興奮が味わえるつくりだ。そうねえ、サイバーパンクが予感させた現実社会の荒廃とサイバー空間での新しい現実は、もはやあたりまえになってしまっていて、その設定をどこまであたりまえのものにした上で遊べるかが、「ポスト・サイバーパンク」な、サイバーパンク小説には問われているのかも知れないっていうのが、90年代はじめのお話しっぽいね。

 キリスト教の創生に関わる宗教的な難解さと、それを感じさせない軽さの同居が、本書「スノウ・クラッシュ」の魅力である。
 本筋の物語はしっかりと筋が通りながらも、極端に個性を強調された人格と、状況、道具、武器、機械、存在が、退屈になりがちな謎解きを飽きさせずにスピード感あふれる読み心地にさせる。とりわけ後半に行くにしたがって謎解きも、アクションも勢いを増し、読む手を止めさせない。

(2006.09.25)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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