はるの魂 丸目はるのSF論評


アルファ系衛星の氏族たち
CLANS OF THE ALPHANE MOON

フィリップ・K・ディック
1964


 1986年の12月にサンリオSF文庫で登場し、1992年に、サンリオと同じ友枝康子訳で創元SSF文庫として再版された「アルファ系衛星衛星の氏族たち」である。創元の方は手元にないので分からないが、サンリオでは池澤夏樹氏が「ディック・ワールドの基本構造」と題して、初期作品群の分析をしている。

 まあ、それはともかく。

 本書は、ディックの作品の中では比較的読みやすく理解しやすい、そして、破綻が「少ない」作品である。もちろん、ディックの作品には欠かせない、つじつまの合わない記述があり、これをどう読むかによってストーリーはいくようにでも変化するのだが、その点は気にしないでおこう。無理につじつまを合わせようとすると、作者の意図しない術中にはまってしまう。つじつまが合わない部分は、適当に読み飛ばすか、適当に自分の中で読み替えるか、適当に補完するしかないのだ。それがディックの作品である。
 訳者はかわいそうだが。

 それでなくても、ディックの作品にはディックが意図して込めた主人公や登場人物に対する「混乱」が用意されており、現実なのか、幻覚なのか、真実なのか、ごまかしなのか、意図的なのか、偶然なのか、主人公や登場人物は、疑心暗鬼になったり、果敢に立ち向かったりするのである。それを読者として共感したり反発したり、通り過ぎたりしているところで、つじつまが合わないくらいのことにつまっていては、読んでいる側がおかしくなるではないか。

 地球とアルファ星系人との戦争が終わり、相互の通商も元に戻った。地球にもガニメデの粘菌生命体などの非地球人が暮らすようになった。しかし、アルファ星の衛星のひとつには、人類が孤立して生きていた。彼らは、いずれも精神異常によってその衛星の病院に入れられていた人々である。彼らは、病院を出て、7つの氏族としてそれぞれの暮らしを行い、独自の社会を構築していた。
 地球は、この「精神異常」の人々を分析、治療し、衛星を地球人の地歩として確立すべく、精神カウンセラーとCIAが操作するシュミラクラを送り込んだ。
 一方、地球では、精神カウンセラーの妻から離婚を言い渡されたCIAのシュミラクラプログラマーが、自殺願望、妻への殺害願望をいだきつつ、ガニメデのテレパシー能力を持つ粘菌生命体や地球人の5分だけ時間をさかのぼらせることができる少女、有名なコメディアンなどと出会い、新たな仕事を得る。しかし、それは大いなる陰謀と争乱につながるものであった。

 そんな話である。

 はたして、アルファ系衛星の氏族たちは、治療させられるのか? それとも、そのまま自らの生き方を連ねられるのか?

 精神カウンセラーの妻とCIAシュミラクラプログラマーの主人公の関係はどうなるのか?
 主人公をとりまく何人かの女性と主人公の関係は?
 そして、本当の陰謀はどこにあるのか?
 すべてがCIAの陰謀か? アルファ人の策略か?
 それとも…。
 出来事の翻弄されながら、主人公は「なにか」を見つけていく。
 ディックの作品としてはめずらしく、確実な「なにか」を。
 そこには、「希望」が含まれている。
 本当は、いつでもディックの作品に込められていたであろう「希望」が。


(2006.10.25)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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