はるの魂 丸目はるのSF論評


ほとんど無害
MOSTLY HARMLESS

ダグラス・アダムス
1992


 3本の素晴らしいナイフと1本のそうでもないナイフを活用してこの上ないハムサンドイッチをつくる方法を知りたかったら本書「ほとんど無害」をお勧めする。

 ちなみに、本書は、「銀河ヒッチハイク・ガイド」の5冊目にして、最終巻である。
 そこで、サンドイッチの作り方について、どのように素晴らしいかを語るのは保留して、「銀河ヒッチハイク・ガイド」シリーズと、その有終の美を飾る本書「ほとんど無害」について触れておこう。
 このシリーズは、以下の通りとなっている。

 銀河ヒッチハイク・ガイド(1979)
 宇宙の果てのレストラン(1980)
 宇宙クリケット大戦争(1982)
 さようなら、いままで魚をありがとう(1984)
 ほとんど無害(1992)

 本書「ほとんど無害」(河出文庫)は、2006年8月に発行されており、訳者あとがきと解説の両方がついているとてもお得な版である。解説は大森望氏。日本のSF読みならば解説者の解説は不要であろう。本書解説によると、新潮文庫版の「銀河ヒッチハイク・ガイド」は1982年に邦訳発行され、1983年に「宇宙の果てのレストラン」が邦訳発行、そして、1985年に邦訳発行された「宇宙クリケット大戦争」邦訳はなんとこの大森望氏が新潮文庫で担当編集であったという。残念ながら、その後の2冊については新潮文庫から邦訳発行されることはなく、その後、河出書房から「銀河ヒッチハイク・ガイド」が新訳として邦訳され、ついにシリーズ全巻が完訳されたのである。ありがたや、ありがたや。
 新潮文庫版は、私の高校、大学の頃ということだが、まったく気がつきもせず通り過ぎてしまった。新潮文庫や角川文庫などのSFって見逃すことが多いんだよなあ。
 解説にも書かれているとおり、このシリーズが改めて翻訳されたのは、映画化され、公開されたことが大きい。映画自体はそれほどヒットしなかったようだが、決しておもしろくなかったわけではない。ちょっとしたタイミングの問題だ。

 さて、発表年を見れば分かるとおり、本書はちょっと他の4冊と時間的に離れている。
 読む側からすると、4冊目と5冊目に心理的な大きな差はないのだが、作者側からするとずいぶんと長い時間である。
 ということなのか、「さようなら、いままで魚をありがとう」でアーサー・デントが出会った真の恋人は、あっという間に次元の彼方に消えてしまっていた。どこかに壊れずにあるはずの地球や消えてしまった恋人を探していくうちに、アーサー・デントは、サンドイッチマスターとなってある惑星に腰を据えていた。そこに現れたのが、最初にアーサーが壊れた地球から逃げ出して出会った唯一の地球人トリリアンである。彼女は、唯一の地球人の女性だったが、アーサーではなく、異星人を選んだのであった。相手がアーサーだから、それもしかたのないことであるが、地球人にとっては誠に不幸な出来事である。
 それはともかく、かつてアーサーを地球から連れ出した「銀河ヒッチハイク・ガイド」の記者、フォード・プリーフェクトは、銀河ヒッチハイク・ガイドの発行出版社が買収され、新たな危機に陥っていることに気がつき、それに乗じてある策を練る。
 鬱ロボットのマーヴィンは出ないが、マーヴィンもうんざりするようなかんしゃく持ちの少女ランダムが登場し、物語に厚みを加えてくれる。もちろん、ヴォゴン人も登場し、物語に起承転結を与えてくれる。
 もしかしたら、ヴォゴン人が登場するのに、マーヴィンが登場しないことで、ちょっと笑いの神様がそっぽを向いたかも知れないが、イギリス流の皮肉あふれるユーモアは居座っているので安心してよい。結論には怒らないで欲しい。続編を書く前に作者が死んでしまったのだから。

 ところで、本書では、巨大化してしまい、買収された「ガイド」出版社が登場する。そして、あのフォードが遠い目をして、小さくとも夢があった頃の思い出にひたる。
 ふと思い出したのだが、かれこれ16年ほど前、今は大企業となった旅行代理店の小さな地方のオフィスを訪ねて、ヨーロッパとの半年オープンのチケットを買った。暗い感じの兄ちゃんに、「安いチケットで、南回りで、ストップオーバーできそうなもの」とリクエストしたら、エジプト航空やパキスタン航空のチケットを提示して、「面倒だったら、途中でチケットを捨てちゃえばいいんです。向こうで買えますよ」と言って、ヨーロッパに入り、帰路がアテネ→カラチ→バンコク→マニラ→成田というチケットを売ってくれた。ついでにヨーロッパの鉄道パスもそこで買った。無愛想だったが、安かった。
 そんな会社が、今や大企業である。あの兄ちゃんは今も勤めているのだろうか。いや、どこかの小さなネット専業の旅行代理店でやはりバックパッカー相手に格安チケットを売っているのかも知れない。あまりにこやかに格安パックツアーを売っているようには思えないからだ。
 そんなことを思い出したり、おいしいサンドイッチが食べたくなる。それが、「ほとんど無害」な地球に今も暮らしながら、「ほとんど無害」を読んだ者の感想である。
 さて、サンドイッチでも食べながら、「宇宙船レッド・ドワーフ」のDVDボックスでも再見するか。


(2006.10.30)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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