はるの魂 丸目はるのSF論評


2061年宇宙の旅
2061:odyssey three

アーサー・C・クラーク
1987


 2061年。今から55年後。むうう。生きているかなあ。不可能ではないが可能性は低い未来だなあ。どんなことになっているのだろう。想像もつかない事態、社会、状況だろうなあ。

 さて、2001年宇宙の旅で、20世紀最後の歴史的イベント、月のモノリスの発見と、太陽系を巻き込む「目覚め」に立ち会ったヘイウッド・フロイド博士は103歳になっている。現住所は、月。つまり、フロイド博士は、1958年生まれで、私より7歳年上ということである。
 ところで、2001、2010ときて、「2061年宇宙の旅」なのだが、どうして2061なのだろうか?
 それは、ハレー彗星が再訪するからである。1986年より数年前までに生まれた人ならば、ハレー彗星のことを覚えているだろう。本書は、その翌年に発表されている。むざむざと通り過ぎるのを見過ごしたクラークは、次のハレー彗星到来というイベントを、3番目の「宇宙の旅」に選んだ。主人公は、103歳になっても矍鑠たるフロイド博士を選び、低重力下に置くことで、老化を遅らせるというテクニックで読者にフロイド博士のその後を楽しませてくれることとなった。
 ところで、ハレー彗星は、公転周期75.3年で、2回見るためには76歳以上生きることと、タイミングよく若い内に1回目を見ることが欠かせない。幸い、私はすでに1回目を体験しているわけだが、2回目となるとどうだろう。厳しいかなあ。なんとなく見たいなあ。

 さて、「宇宙の旅」の世界では、2000年12月31日に、長距離通話料金の廃止により、全世界が低料金でコミュニケートできるようになり、2006年の今年は、月のモノリスが掘り起こされて国連広場に置かれることとなった。その後、エネルギーが原因と見られる戦争が起こるが、世界大戦に広がることはなく、2033年、東京大地震、2045年、ロサンゼルス大地震を経て、世界は平和な時代を迎えていた。
 宇宙では、前作「2011年宇宙の旅」にあるとおり、太陽系が激変を迎え、それに合わせたかのように人類は火星や木星近辺を中心に宇宙開発や探索を続けていた。
 本書「2061年宇宙の旅」は、そんなときの太陽系イベントであるハレー彗星回帰である。中国系の企業グループのオーナーが高速豪華客船を建造し、ハレー彗星研究と訪問を計画、フロイド博士もゲストとして呼ばれることとなったのである。
 一方、木星をめぐる衛星では、驚くべき発見がなされ、密やかに陰謀が起こりつつあった。

 モノリスの発見と、宇宙における人類を遙かに凌駕した知性体の存在に気がついた人類は、いまだ他の知性体にめぐり会うこともなく、太陽系に世界を広げつつある。  果たして、モノリスを生んだ存在は何者なのか? そして、太陽系では何が起こりつつあるのか?
「2001年宇宙の旅」の世界で、新しい発見と冒険がはじまる!

 ということで、今回は、楽しいエンターテイメントSFである。懐かしい登場人物、新しい登場人物が宇宙船内部や新たな場となった木星の各衛星などを舞台に人間らしくドラマを繰り広げる。

 2061年…見ることができるかも知れない可能性のある未来である。
 私はどうかわからないが、人類が極度に激しい変化に見舞われない限り、この数字は意味をなすであろうし、現時点で生きていてそこまで生きるものも多くいるだろう。
 50年前のSFを読むと現在とのギャップが痛いほどに目につく。進みすぎた未来、古すぎる未来である。本書「2061年宇宙の旅」もまた、2061年になったら、荒唐無稽なものとして見られるとともに、20世紀後半の人の想像する未来を振り返ってみるという楽しみができるのであろう。

 クラークのすごさは、可能性のすごさである。21世紀になって、長距離電話はあくまでも長距離電話だが、IP電話の普及によって、クラークが書いた「長距離通話料金の廃止」と同様の事態が起きている。
 東京やロスの地震も起こるであろうし、エネルギーが原因の戦争も起きている。残念ながら、簡単には終息する気配はないが。それらを踏まえた上で、クラークは希望を込めて平和の時代を予言する。この予言を実現するのは、その時代時代に生きている人間の力である。未来を描くSF作家は、その作品を通じて、読者に未来を決める動機を与えているのだ。

(2006.11.29)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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