はるの魂 丸目はるのSF論評


タイタンの妖女
THE SIRENS OF TITAN

カート・ヴォネガット・ジュニア
1959


 ウインストン・ナイルス・ラムファードが愛犬カザックとともに火星にほどちかい時間等曲率漏斗に飛び込んだ。そして、火星人は地球に攻め入り、地球人は涙した。タイタンに不時着したトラルファマドール星の機械人サロは二十万年以上タイタンにいた。
 本書「タイタンの妖女」は、ヴォネガットの第2長編であり、トラルファマドール人がいよいよ登場する作品である。
 まあ、そんなことはどうでもよい。
 ヴォネガットらしい作品だ。
 明るいフィリップ・K・ディックと言えばいいのだろうか。不条理感はあふれ、登場人物はひどい目に遭いながらも、ディックほどせつなくはない。
 ありゃまあ。
 などとつぶやいて、から笑いしながら読んでいたことに気がつき、読み終えたらちょっと周りを見回して、もう少し気楽にやるか、と、肩の力を抜きながらも、ふと気がつくとちょっと目から涙がこぼれていたりする。そういう作品である。
 これをSFなのか? と問う人も多い。
 SFでなくても書けるかも知れないが、SF的設定、宇宙とか、宇宙人とか、「時間等曲率漏斗」なんて「専門用語」をちらばせることで、私たちは、「己を知る」ことができるのだ。
 人間よ、おのれを知ったらいいんじゃないのかなあ。
 というのが、本書「タイタンの妖女」に限らず、ヴォネガットのどの作品を読んでも感じることである。


(2006.12.14)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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