はるの魂 丸目はるのSF論評


火星のプリンセス
A PRINCESS OF MARS

エドガー・ライス・バロウズ
1917


 時は1866年、バージニアの元南軍騎兵隊大尉ジョン・カーターはアパッチ族に追われてとある洞窟に入り、そこで深い眠りに落ちてしまう。そして、目覚めるとそこは火星であった。四本の腕を持つ緑色人の戦士タルス・タルカスと、地球人そっくりの赤色人で絶世の美女のデジャー・ソリスとともに果てしない冒険の物語がいま幕を開く。史上初、地球を離れ、火星に旅をした男が登場した。SFの創世記を飾るバロウズによる火星シリーズである。

 1917年! 翻訳の初版は東京創元社版で1965年! 私の手元にあるのが1978年の第41版! すごい。もう90年も前の作品なのだ。それでも、火星のジョン・カーターという名前に聞き覚えのある人はSFファンでなくても多いだろう。
 本シリーズを最初に読んだのは、ジュブナイル版であるが、岩崎書店や偕成社などさまざまなところから出されているためどれだったかは記憶にない。おそらく小学校中学年か低学年であるから、1970年代前半のことであろう。遠いなあ。
 今回約25〜30年ぶりに再読してみて、その設定である時代の遠さに気が遠くなった。1860年代だって、車もない、アメリカも南北戦争がようやく終わった頃ではないか。悪いインディアン、あたりまえの奴隷制度…、くらくらする。そんな時代に、不死者であるジョン・カーターが瞬間移動して火星に行くのだ。本人の意志ではなく、危機的状況で意識を失うことで行くことになるらしい。まだ、第一次世界大戦すらはじまっていないのだ、ほかにどうやって火星に行けばいいというのだ。
 火星は、地球人類よりもはるか先の文明を持っていたが、すでに盛りを過ぎ、資源を使い果たし、大気と水も不足する中で、緑色人同士が戦争を行い、赤色人同士も戦争を行い、さらに、緑色人は赤色人を攻撃するという滅び行く中の群雄割拠の時代となっていた。そこにあらわれた超人ジョン・カーターが火星に平和をもたらし、自らは盟友タルス・タルカスや王女デジャー・ソロスの愛を得るのであった。
 なんと心を躍らせたことだったか。

 21世紀になり、本書「火星のプリンセス」は歴史的な価値をもつ「古典」となった。分析や評価の対象なのである。たとえば、物語のパターンは、不老不死のヒーローが、争いの絶えない異人種の中に愛を見いだし、平和をもたらす話であり、これはファンタジーの典型的なパターンで、のちの名作「指輪物語」(J・R・R・トールキン)の中にも同じような構図がみられる。
 その構図のままに舞台設定を宇宙に広げたことで、アメリカにおいてSFは開花する。それは、ベム&美女&ヒーローというスペース・オペラの典型を生むことになった。華やかでどぎつい表紙、単純な勧善懲悪のストーリー、そこから小説や映画のマーケットが生まれ、そのマーケットのおかげでSFはたくさんの作家を生み、内容を深めていく。
 その流れを生み出したのが本書「火星のプリンセス」である。
 一方、本作品には、20世紀初頭の複雑な人種的視点も見られる。作品の頭では、アメリカの奴隷制や(ジョン・カーターは南軍なのだ)、インディアン=悪といった現在では書かれることのない典型的な二元論と差別が表現されているが、その一方で、バロウズの生みだした火星では、主人公のジョン・カーターは緑色人と対等につきあい、お互いにその力を認め合い、有色人種の「赤色人」の美女に恋をして結ばれるのである。
 当時の価値観やそれに対するバロウズの視点が見受けられるが、このあたりも、歴史的な背景が分からなければ意味を成さないか、理解しにくいであろう。
 ファンタジーとは異なり、初期のSFは一般読者に荒唐無稽さを受け入れさせるために、伝聞や聞き語り、日記や記述の発見と掲載といった文学でも見られた形態をとることが多い。それゆえに、発表時よりもやや過去から物語がはじめられる傾向を持つ。現実の人間社会の様子を記述することになり、それが物語に時代性を残すことになる。
 そのおかげで、当時の考え方や風潮をかいま見ることができるのだが、長期に作品が残り続けるためには、このあたりが障害になることもあろう。難しい問題だ。
 ただ、1999年から2002年にかけて創元SF文庫が合本形式で再版しており、21世紀に確実に本シリーズが残ることとなったのはうれしい限りである。
 私は、火星シリーズ、金星シリーズ、地底シリーズ(ペルシダー)を揃えて持っていたはずなのだが、手元には欠番が多い。火星シリーズも半分ほどしか手元にない。やはり、合本を手に入れておくべきだろうか。

(2007.2.7)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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