はるの魂 丸目はるのSF論評
奇人宮の宴
DINNER AT DEVIANT'S PALACE
ティム・パワーズ
1985
グレゴリオ・リーヴァス、31歳。いまだ18歳の時の初恋の人が忘れられない純な心を持つ男。今や有名なシンガーソングライターとして少しは名を知られ、浮き名も流していた。そして、3年前に引退したもうひとつの商売「奪還」の第一人者としても、彼はその筋から知られていた。
未来のアメリカ。核戦争などで地球は荒れ果て、アメリカもまた荒廃し、住めるところは限られていた。資源も少なく、馬車や自転車が主要な陸上交通機関になってしまった社会。人々は失われた過去と悲惨な戦後をおぼろげに口承しつつも、今に生きていた。
この世界に、異教のジェイバードが広がっていた。救世主ノートン・ジェイブッシュの分身であり司祭となるジェイブッシュたちによる聖餐を受け、主体を失い、時には異言をつぶやくようになる。数人のジェイバードが常に勧誘を行っている。それは、勧誘というよりも短時間の洗脳といってもいい。ジェイバードに拐かされた後、ほとんどの場合、二度と家族や友人の元に帰ることはない。
「奪還」。それは、ジェイバードたちにもぐりこみ、さらわれた息子や娘、恋人を連れ帰り、そして、脱洗脳まで行う能力を持つ者。行動力、意志力、自らがジェイバードにならずに済む、なっても元に戻るための力を持つ者。戦える者。
自らの命をすり減らす者。
だから、リーヴァスは引退した。
しかし、連れて行かれたのが、初恋の人だと知ったとき、彼は、法外なお金を要求し、その仕事を受けた。
そして、すぐにジェイバードに取り込まれそうになる。自分の弱さを思い知るリーヴァス。そこから、戦いと長い旅がはじまる。
とにかく弱い、31歳である。なにしろ途中からは、虫を殺すのさえ嫌になってしまうような男である。引退して、引き受けたはいいが、失敗続き。それでも、最後までやめない。
どうしても、彼女を連れ戻したい。いやそれ以上に、自分の回りの者たちを殺し、苦しめ続けているノートン・ジェイブッシュが許せない。いや、自分で自分が許せないのだ。
この弱い主人公が、意外と憎めない。それは、回りに出てくる自転車版マッドマックスのような連中や、ジェイバードの若い女をさらっては、売りさばく男達など、登場人物のあくの強さのおかげだ。弱いのがいいことのように思えてしまう。
きわめつけは、荒野にいた、血を吸う雲のような幽霊のような存在だ。
それは、血を吸うごとに、本人に近くなっていく。そして、次第にリーヴァスそっくりになって、彼を追い回すようになる。
それは、核戦争によって生み出された新たな生きものなのか?
いや、そんなことはない。この世界は、何かがおかしいのだ。
その元凶に、ノートン・ジェイブッシュがいた。
彼の正体は。ジェイバードが簡単に洗脳される訳は。
そして、世界の快楽と豪華さのすべてがある奇人宮の秘密とは。
実は、本書「奇人宮の宴」が出たときに「ディック記念賞受賞」という言葉に釣られて購入したものの、今の今まで読まずにいた。奥付をみると昭和63年8月となっているので、1988年。バブルがはじける直前、最初に勤めた会社で休む間もなく働いていたときである。その後、会社を辞め、全部ではないがある程度の本を実家に戻し、東京に落ち着いてから5回引っ越しした。実家からいつ引き上げてきたか覚えてはいないが、約20年間寝かせていた本である。もう少し、ミュータントや核戦争後の退廃が書かれていると勝手に思いこみ、手が伸びなかったようだ。
ディックのような読んでいて自分の頭の中が現実の世界と「ずれ」ていくような感覚になる作品ではない。しかし、とにかく弱い主人公が、弱いながらも人間として譲れない矜恃といったものを発揮するときの強さは、ディックの書く主人公と似ているかも知れない。
読まないままに終わらなくてよかった。
意志を持って生き続けることって大切だ。
(2007.06.20)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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