はるの魂 丸目はるのSF論評


最果ての銀河船団
A DEEPNESS IN THE SKY

ヴァーナー・ヴィンジ
1999



「遠き神々の炎」のはるかなる過去の物語である。人類は、光速を超える手段を持ち得ず、ラムスクープ船によって銀河内に版図を広げていた。異星知性の文明跡はふたつ見つかったものの、知性のある存在を見つけることはできなかった。
 人類もまた、光速の限界により、入植した星と地球やそのほかの繁栄する星々との連絡は絶たれ、入植星の多くは滅び、いくつかは過去の科学技術を忘れ、そして、宇宙技術を失ったままに再興した。
 チェンホーと呼ばれる商人船団が、ウラシマ効果による母星との隔絶もものともせずにラムスクープ船の船団を組み、冷凍睡眠によって深淵なる宇宙の間隙を旅し、星と星との人類世界のかけはしとなっていた。それゆえにチェンホーは人類社会を統べずに統べる存在であるとも言える。
 チェンホーは、ある男を追っていた。その男の正体を、秘密を、そして、チェンホーがその男を追っていることを知るものはチェンホーでもわずかな有力者だけであった。
 その男が持っていた秘密のひとつがオンオフ星にあることは知られていた。オンオフ星、それは、250年のうち35年だけ燃え上がり、あとの期間は太陽の火が消える不思議な星。そのオンオフ星には宇宙の何らかの秘密が、つまりは、莫大な利益があるはずである。
 チェンホーは、オンオフ星をめざした。
 しかし、同じ頃、チェンホーの船団よりもオンオフ星の近くの星系にエマージェントと自称する人類文明社会が勃興し、同じくオンオフ星を目指した。宇宙最大の秘密を前に、チェンホーの船団とエマージェントの船団は対峙し、相互の不信は宇宙戦を招く。相互に帰還のための設備を失ったなかで、オンオフ星の惑星に非人類型知性体の存在が確認された。その蜘蛛型の知性体が文明を進歩させ、チェンホーとエマージェントの帰還に必要なエネルギーと機材の生産ができなければ、両者とも死を待つだけになる。冷凍睡眠を使いながら、眼下の惑星に蜘蛛型知性体の産業文明化を待つ人々…。

 傑作であろう。「遠き神々の炎」では、光速もなんのその、宇宙はネットワークで結ばれた高度な情報社会となっていたが、本書では光速を超えない、「現在の宇宙論で可能な世界」が相手になっている。それでも、少しだけ「遠き神々の炎」とつながりがあるのは、両作品を読んだ人だけが分かるようになっている。ということで、どちらから読んでも良いし、どちらか片方でもまったく、掛け値なしにまったく独立して読める作品である。

「遠き神々の炎」と本書「最果ての銀河船団」には構成上似たところがあって、前者では、犬型の群体知性体という非人類型知性体が登場し、重要な柱を成すが、後者の本書では、蜘蛛型の非人類知性体が登場し、物語の重要な柱となっている。ところが、である。本書「最果ての銀河船団」は、早い段階で、「異質な人類」であるエマージェントと、「理解可能な」蜘蛛型非人類知性体が対比される。同じ人類でも、共感できないエマージェントに対し、蜘蛛型非人類知性体の方が理解も共感もできるようになっている。
 もちろん、それは単純な擬人化ではなく、ストーリー上でも必然を持って語られる。

 それはなにかといえば、種明かしになるので書かない。
 読んだ方がいい。

 まあ、上質のエンターテイメントであり、教訓などはない。
 広大な宇宙の時空を頭の中に描き、蜘蛛型非人類知性体の生態や文明に思いをはせるだけで十分である。楽しいよ。


ヒューゴー賞・キャンベル記念賞受賞作品


(2007.08.10)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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