はるの魂 丸目はるのSF論評
マインドスター・ライジング
MINDSTAR RISING
ピーター・F・ハミルトン
1993
冒頭から余談で恐縮だが、本書(2分冊)を、古書店でまとめて購入した。出張先の大学町にある小さな古書店で、古いSF数冊高く売っていて、その価値は押さえているいい店である。本書はそれほど高くなく、どちらかといえば普通の価格であった。読んでいたら、1枚の紙がひらりと落ちた。「乞御高評 東京創元社」とある。ページをめくった形跡はない。あらら、かわいそうな運命の娘だったのね。ということで本書は初読である。
イギリス人SF作家ピーター・F・ハミルトンの「マインドスター・ライジング」は、「近未来アクション<グレッグ・メンダル>シリーズ」第一作として鶴田謙二イラスト表紙により2分冊にて創元SF文庫より2004年に出版された。作品は1993年に発表しているので、サイバーパンクの影響をしっかりと受けている。さらに、イギリスらしく、スチームパンク、アクション、ハードボイルドを詰め込んで、さらには超能力まで登場させるサービスの良さである。
舞台は、近未来のイギリス。地球温暖化によって環境難民が生まれ、海岸線と都市を失い、産業崩壊を招いた。世界は資源戦争をへて、12年前、イギリスでは人民社会主義党が政権を奪い、非武装再編、国営化などをの時代を過ごした。内戦の末、人民社会主義党から政権を奪い、元の資本主義民主制に戻ろうとしている、そんな荒れた時代である。
主人公は、グレッグ・メンダル。元軍人。直感力と人の心の動きを知ることができる超能力を人工腺の移植によって強化しされた特殊技能の持ち主である。人民社会主義党から逃れ、潜み、彼らと戦ってきたひとり。
本作「マインドスター・ライジング」のもうひとりの主人公はジュリア・イヴァンス。祖父は、イヴェント・ホライズン社の創業経営者であり、人民社会主義党を外側から壊した英雄である。自由公海や軌道上で様々な民需製品や軍需品、コンピュータメモリチップなどを作り、闇ルートで販売し、統制経済を内側から破壊し、かつ、巨万の富を得た。ジュリアの両親は、新興宗教に陶酔し、ジュリアを新興宗教の内側で育てていた。それを祖父が救い出し、彼女に数学的計算能力とデータ処理能力とメモリを生体組織として埋め込み、唯一の後継者として育てていた。
その、イヴェント・ホライズン社の内部に破壊者の存在が確認された。しかし、完璧を誇る同社の警備陣にはその実態を突き止められなかった。祖父は、グレッグ・メンダルに白羽の矢を立て、そして、魔法のような能力を持つ中年男のグレッグと、人間コンピューターであり自分に見合う男性を探す若きセレブたるジュリアの不思議なコンビによる探偵物語がはじまるのであった。
気候変動に関する政府間パネルが1988年に国連機関によって設立され、気候変動枠組条約が1992年に作成され、1994年に発効した。そういう世界の流れを受けて、本書「マインドスター・ライジング」では、激しい地球温暖化により変わってしまった人々の暮らしを描いている。地球温暖化の影響については少々変わった解釈だが、書かれた時期を考えればやむを得まい。
よくある「自然も経済も荒廃した社会」の物語として捉えればよろしい。そこに登場するのが、どこか陰のある、本当は人なつっこい、力持ちの主人公である。ハードボイルドの王道だ。ちゃんと、「少女」ジュリアはグレッグに恋し、グレッグはジュリアを子どものように扱う。うーん、安心できる展開。
それにしても…超能力である。直感力を増強して読心術に近いものというあたりはよしとして、予知能力を増強というのはどうなんだろう。蓋然性の把握能力というところだろうが、ちょっと違和感はある。
後半から最後まで一気に「SFアクション」というだけのことがあり、戦闘につぐ戦闘シーンである。とりわけ、システムハックでコントロールできなくなった防衛システムに数人が命を賭けて乗りこむあたりは迫力あるが、SFか? と問われると、どうだろうという感じにもなる。そのあたりが、続編が翻訳されない理由なのだろうか。
いずれにしても、続編が出たら読むことにしたい。(英語で読むほどの根性はないが…)
(2008.03.30)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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