はるの魂 丸目はるのSF論評


ポディの宇宙旅行
PODKAYNE OF MARS

ロバート・A・ハインライン
1958



 1971年に「ポディの宇宙旅行」として翻訳され、1985年に「天翔る少女」と改題された作品である。私は、そのはざまの1981年、第六版を手にしている。1981年といえば、高校生の頃で、ちょうど主人公のポドケイン(ポディ)と同年代の頃でもある。そのころ、どんな気持ちでこの本を読んだのか、まったく記憶にない。そして、読み直した記憶もない。実に25年以上本棚に眠っていた1冊である。
 カテゴリーはジュブナイルになるのかも知れないが、そこはハインラインである。「児童向け」ではない。あくまでも少年少女以上という作品であり、大人が読んでもきちんと読めるような作品に仕上がっている。
 ストーリーは、火星歴で8歳数カ月、火星生まれ、火星育ちのポドケイン・フリーズ嬢が主人公。地球歴では15歳ぐらい。大望は、宇宙パイロットとなり、深層宇宙探検隊隊長になることを夢見ている。もうひとつ、いつかは観光地・テラ(地球)を訪ねること。テラには今でも80億人の人達が暮らしているけれど、ポディは人類が地球発祥だとは信じていない。そのポディには弟がいて、この弟が天才的な頭脳を持ち、いたずらの才にもことかかないため、ポディはいつも苦労している。仕事に忙しい両親と地球旅行の計画があったにもかかわらず、両親の都合で計画は中止。そこに彼女の大叔父で火星共和国の上院議員であるアンクル・トムが、ポディと弟のクラークを連れて太陽系周遊のトライコーン号で地球に連れて行ってくれるということに。しかも、トライコーン号は地球に立ち寄る前に金星に降りることになっていた。有頂天のポディにとって心配なのはクラークのいたずらぐらいのこと。
 しかし、彼女はもっとよく考えておいた方がよかったのだ。ふだんは、パブに入りびたりなのに火星では高い尊敬を勝ち得ている大叔父がどうして急にふたりを連れて観光に行こうと言いだしたのか。そこには、太陽系の将来を決する大きな政治の動きがあったのである。いやおうもなく、その不穏な動きに巻き込まれていくポディ。はたしてポディの運命は?

 太陽系内周回宇宙船トライコーン号の擬似的な重力の機構、太陽嵐による災害と防御法など今読んでもなかなかにうならせる表現に加え、火星での人々の社会構造など、SFの魅力たっぷりの作品であるが、なんといっても夢見る行動派少女ポドケインの愛すべき勘違いやきまじめさ、家族への愛情、恋愛体験などが、気恥ずかしくても楽しく作品を読ませてくれる。まあ、もうおじさんだからねえ。気恥ずかしくもないんだが、昔はどうだったのだろう? 自分のことながら、本書「ポディの宇宙旅行」を読んだ高校生の頃の気持ちが気になってしまう。完全なる忘却。人間は忘れることで生きていけるのだなあ。

 ところで、本書「ポディの宇宙旅行」の最後は意外な結末で終わる。「ええっー」と取り残された気分になるところもあるのだが、これもひとえに主人公がポドケインであるが故。もし、もっとアンクル・トム的な政治ストーリーSFを読みたかったら、「月は無慈悲な夜の女王」を手にとってはいかが?



(2008.06.28)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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