はるの魂 丸目はるのSF論評


遠すぎた星 老人と宇宙2
THE GHOST BRIGADES

ジョン・スコルジー
2006



 はい。やってまいりました。「老人と宇宙」の第二弾でござい。前作「老人と宇宙」で、老人版というか21世紀版「宇宙の戦士」として一躍話題となったジョン・スコルジーのエンターテイメント作品第二弾である。
 前作では後先のない地球に住む老人をリクルートして新たな強化された戦闘用の肉体を与え、植民星を他の知的種属から防衛する軍人にすると…という設定そのもののおもしろさにぐいぐい引き込まれてしまった。基本的にはミリタリーSFであり、多種族との果てしない戦争の物語なのだが、新たな肉体と老人の精神を持った存在のおもしろさ、おかしさがミリタリーSFにありがちな気持ち悪さを払拭してくれた。

 さて、その第二弾「遠すぎた星」である。期待も高まろうというもの。今回の主人公は人類をうらぎり、他種族が植民星を含めた人類を抹消するのに手を貸した男の意識を潜在的に持たされた特殊部隊兵士である。何、ややこしい。
 では説明を。植民地防衛軍には、老人らによる志願兵のほかに、秘密の特殊部隊がある。前作でも後半に登場するのだが、この特殊部隊にはオリジナルの人間の記憶がない。人工的に組み立てられた遺伝子で作られた強化肉体を持ち、意識を持つ人工知能ブレインパルが有機的に組み込まれて誕生する。しかし、肉体と頭脳には意識(精神と言ってもいい)が必要なので、ブレインパルの補助によって意識が発生していくことになる。肉体は老人らによる志願兵同様、促成技術によって短期間で大人の状態まで育てられ、そこから意識が発生させられるのだ。この特殊部隊兵は、大人の身体を持って生まれ、意識が発生してほんのわずかな期間で特殊部隊兵としての知識、経験、訓練を積み、実戦に配備される。
 さて、人類の裏切り者は脳と意識の研究者であり、彼は自らの意識のパターンをコンピュータに保存することにはじめて成功した。彼が裏切り者として異種族の元へ去った後、植民地防衛軍は、彼のクローンをベースにした特殊部隊兵を作り、そこにコンピュータへ記録された意識のパターンを複製する実験をした。うまくいけば、裏切りの動機や他種族へ持ち込んだ情報などを得られるかもしれないからだ。意識のパターン転写はうまくいき、ブレインパルによらなくても意識は自らに発生した。しかし、彼の記憶は戻らなかった。いや、彼の頭の中のどこかにはその記憶があるだろうが、記憶にアクセスすることができないようなのだ。
 そうして、潜在的な記憶と人格をうちに秘めながら、新たな人格と特殊部隊兵としての道を歩み始めたジェレド・ディラックが誕生した。彼が記憶と人格をよみがえらせたら、再び人類を裏切るかも知れない。そうなると、特殊部隊兵としての知識と技能をもった恐るべき敵が誕生することになる。ごく一部の上官にのみ、その事実は伝えられ、ディラックは慎重に監視された。期待と不安を込められながら。
 もちろん、ディラックはその事実を知らない。
 ここに不幸なフランケンシュタインの怪物がひとり誕生する。
 ディラックは、何も知らない教官のひとりから特殊部隊兵が老人らによる志願兵たちから敬遠されることについて理解するよう、メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」を読むことを求められる。ディラックは自らの好奇心からフランケンシュタインの映画を、古典的なSFの登場人物である、フライデー、R・ダニール・オリヴァー、HAL、アトム、ターミネーターなどの存在を知る。
 自らについて考えながらも、人類の守護者として特殊部隊の任務にはげむディラック。しかし…。

 ここだけ書くと、ミリタリーSFではなく、クローンや「人類に近く、人類を超える存在」の苦悩の物語、自己の確立の物語かのようであるが、本書「遠すぎた星」はれっきとしたミリタリーSFであり、優れたエンターテイメント小説である。宇宙をまたにかけた激しいどんぱちあり、いくつもの変わった惑星での消耗戦あり、陰湿な諜報戦あり、その筋の方にはたまらない仕上がりとなっている。もちろん、私も楽しませてもらった。

 とにかく、ジョン・スコルジーという人は、SFやSF映画が大好きなんだなあ。それもスペースオペラや怪獣、ロボットなどが登場する壮大な物語が好きなんだ。きっと。
 そうして楽しんで書いている様がまざまざと伝わってくる。
 アトムやガメラなんかにも言及されていて、日本の読者にもたまらないところがある。
 前作よりも「笑い」の要素は減ったけれども、それ以上に物語の展開の早さがあってあっという間に読み終えてしまう。
 続編が楽しみだ。



(2008.07.14)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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