はるの魂 丸目はるのSF論評
木星強奪
THE JUPITER THEFT
ドナルド・モフィット
1977
21世紀中旬、人類はいよいよ木星探索に向けて準備を進めていた。木星探査船は、世界の二大勢力となったアメリカと中国の共同によって進められている。国際協力と言えば聞こえはいいが、協力の理由は、アメリカと中国それぞれが持っている技術がブラックボックスになっており、そのどちらも探査船のエンジンには必要だったからだ。つまり、どちらの勢力も単独では木星探査が可能なエンジンをつくることができなかったのである。
時のアメリカと中国は社会体制が違うものの市民・人民にとっては同じような存在となっていた。アメリカには強力な「信頼性委員会」が市民の思想を管理しており、中国でも同様であった。
さて、まもなく迫り来る木星探査船の出発を前に、月の裏側の宇宙観測所では、異常事態をとらえていた。破滅的なX線源が高速で太陽系に突入しようとしていたのだ。このままでは人類は絶滅してしまう。しかし、そのX線源はやがて速度を落とし、太陽系にとどまろうとしていることが判明した。目的地は「木星」。そのX線源であった飛行物体に知的生命体が乗っているとは考えにくいが、可能性は捨てきれない。明らかに人類よりもはるかに進んだ科学技術による飛行物体であることは間違いない。
突然、木星探査船の目的はまったく違うものとなってしまった。
しかし、地球の官僚主義的統制社会は、この太陽系規模の突発的できごとに対応できるような状況にはなかった。疑心暗鬼が統制の根底にある社会では、異質なもの=排除するものとなってしまう。もし、知的生命体と遭遇できたり、その技術の一端に触れることができれば限りない技術的発展があるだろう。しかし、それ以上に、片方の勢力がそれに触れることの危機、自らの現状を変えてしまうことの危機が存在した。
人類は、そして、太陽系はどうなってしまうのか?
そして、タイトルにある「木星強奪」の意味は?
もうずいぶんと古い作品であり、今は絶版になっているから、少しだけ種明かしをしても許されるだろう。もちろん、白鳥座X−1方面からやってきたこの飛行体には知的生命体が乗っていた。本書では、便宜的に「白鳥座人」と呼ばれる。そして、都合のよいタイミングの木星探査船は、もちろん、ファーストコンタクトを果たす。
ということで、ファーストコンタクトものである。
1973年にアーサー・C・クラークが「宇宙のランデブー」を発表しているが、こちらは、太陽系に飛んできて、スピードも落とさずに去っていってしまった。一方、「木星強奪」の方は、「宇宙のランデブー」の小惑星ラーマよりも限りなく早い速度で太陽系に飛び込んできて、そこにとどまり、あまつさえ「木星強奪」してしまう。ストーリーや展開は大きく異なるが、「宇宙のランデブー」の影響も随所に見られる。
本書「木星強奪」が発表された1977年は、映画「未知との遭遇」が発表された年でもある。アメリカでは1974年に辞任したニクソン大統領のウォーターゲート事件の余波が残っており、ベトナム戦争の終結とともに心を病んだベトナム帰還兵の問題が深刻化していた。中国では文化大革命が1977年に終結されるまで吹き荒れていた。
そういう時代の空気が素直に反映された作品である。
時代背景を知らずに読むと、911以降の世界を描いた作品化と思える部分も出てくるが、あくまで70年代が時代背景にあることをふまえておく必要がある。現在と70年代後半がどことなく似ているのは、それはそれで恐ろしいことなのだが、人類はそうそう成長しないのである。
さて、ドナルド・モフィットについてなのだが、90年〜91年にかけて、本書「木星強奪」に続き「創世伝説」「第二創世記」と3冊の長編作品がいずれも2分冊で翻訳出版されている。そのときに続けて買って読んだことを覚えている。その後、私は引っ越しを決め、袋2つ分の本を古本屋に持って行った記憶がある。SFも何冊か混ざっていて、この作者のものも出そうかどうか迷ったという記憶がはっきりとある。つまり、その際に「これは再読しねーな」と思ったのである。
本書「木星強奪」を18年ぶりに読んで、どうだったか。
実は、解説の中でも書かれているが、前半がのたのたしているのである。それに、ハードSFであるのだが、人物描写や社会描写に力を入れているところがあって、とりわけその人物描写に時々突っ込みたくなってしまうところがある。それがのたのた感を出してしまうのかもしれない。
ハードSFとしてのアイディアやまとめかたはさすがであるが、人物描写や社会描写をどう読むかである。これは、同じハードSF作家であるJ・P・ホーガンなどでも見られることで、私がホーガン作品を最近読まないのもそのあたりに理由があるのだろう。
難しいね。このあたりの評価って。
結局のところ、自分で判断するしかないのだし。
(2008.8.11)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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