はるの魂 丸目はるのSF論評
ディファレンス・エンジン
THE DIFFERENCE ENGINE
ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング
1991
霧の都・ロンドン。産業革命によって生まれ変わったロンドンは、世界の中心として科学技術と陰謀と希望と絶望のうずまく街であった。私たちが知っている歴史の教科書とは違う、もうひとつのロンドン。私たちが思っている以上に現代に近く、現代に連なる過去。本書「ディファレンス・エンジン」は1855年の回想にはじまり、出版された1991年に真の幕を開ける作品である。
スチーム・パンク。
80年代、SFはサイバーパンクの時代を迎えた。インターネット社会の先にある外挿された未来をサイバーパンクの旗手たちは縦横無尽に旅し、我々読者の前に提示した。人が、社会が、世界が変容する近未来。現在の延長上にある理解しやすく、想像しがたい世界。その提示に、人々は熱狂し、やがて来るべき、明るくも暗くもないただの世界をかいま見た。しかし、サイバーパンクの旗手たちは、それで満足してはいなかった。むしろ、不満だったのだろう。提示された人と社会の変容について、読者は深く考えず、むしろガジェットや文体に魅力を感じているのではないかと。
そうして、ギブスンとスターリングは、もうひとつのサイバーパンクを思いつく。それが、スチーム・パンクである。
人と社会の変容とは、実は現在の現実のことなのである。それは組み換えられ、再構成され、分解され、よどみ、流れつつ、そこにある。そのことを知らしめるべく、彼らは過去に介入をはじめた。
蒸気機関でできたコンピュータが紡ぎ出す私たちの社会と良く似た違っている世界。
私は、そこでどんな生活をしているだろうか?
私は、イギリスやヨーロッパの近代史をよく知らない。そのために、どこまでが私たちの知る歴史で、どこからがもうひとつの歴史なのかが分からない。それだけに、おもしろさは半減しているのだろう。本書「ディファレンス・エンジン」をちゃんと読もうと思うならば、まず、ヨーロッパ産業革命期の歴史を学ぶところからはじめなければならない。
迫ってくるなあ。だから避けていたんだ。スチーム・パンクを読むのは。
(2008.09.28)
TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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