はるの魂 丸目はるのSF論評


時間封鎖
SPIN

ロバート・チャールズ・ウィルスン
2005



 おもしろいじゃん。
 作者が「世界の秘密の扉」のR・C・ウィルスンだし、タイトルが「時間封鎖」だから、タイムトラベルものかと思って、ちょっと手が出なかったのだけど、よくよく釣書を読んでみると、なんかおもしろそうじゃん、ということで読んでみた。
 おもしろい。正当派のSFだ。

 ちょっとした近未来の話だ。ある日、すべての星と月が消えた。そして偽物の太陽が地平線から昇りはじめた。外から見た地球は暗黒な何かに突然覆われてしまった。地球からロケットを打ち出すことも、ロケットが地球に戻ることもできる。月も、太陽も、星も、地球の外には普通に存在した。ただ地球だけが隔離されてしまったのである。しかも、それは空間的な隔離だけではなかった。封鎖外と封鎖内では時間の進み方が違うのである。外では普通に時間が流れ、地球上だけは時間が遅延していた。つまり、ゆっくり進んでいたのである。しかも、その時間差はあまりにも大きい。ひとりの人間の一生が太陽の一生と並ぶほどなのだ。
 偽物の太陽は、地球上の生物が死滅しないようにするため熱をコントロールするためのものであったらしい。つまり、地球を時間的に封鎖した何者かは、地球の生命体を滅ぼすことが目的ではないらしい。
 そして、地球はまるでタイムマシンに乗ったかのように宇宙の時間の流れから置き去りにされていった。地球の外では、たくさんの星が生まれ、進化し、そして死んでいった。月は徐々に遠くなり、太陽はやがて年をとっていくことになるだろう。ということは、やがて太陽が巨大化し、地球はそれに飲み込まれることになる。果たして、そうなってもこの時間封鎖は持つのであろうか? もし、時間封鎖が破綻したら、その時点で人類と地球は滅亡することになる。
 地球上に訪れた絶望の世界。しかし、それでも日々は過ぎ、生活は続く。いくつかの宗教が生まれ、いくつかの科学プロジェクトが生まれた。そのひとつは、火星のテラフォーミングである。地球がゆっくりとした時を過ごすならば、数十年で火星のテラフォーミングを行うことができるかも知れない。そうすれば、人類はふたたび普通の宇宙に復帰することができるかも知れない。それはひとつの夢になった…。
 そういう状況になったら、人々はどう考え、どう行動していくだろう。
 子どもの頃に、時間封鎖を経験した3人の人間の生き方を通して、その答えを模索する物語である。
 時間封鎖によって経済的にも政治的にも強力な位置を占めるようになった企業のオーナー、E・D・ロートン。その息子であり、経営者として英才教育を受けて育った天才科学者のジェイスン。ジェイスンの双子の姉として生まれ、息子を後継者としてしかみない父と、圧倒的な力を持つ父の前に飲酒に逃げるしかない母の間でひとり優しさを心に抱えていたダイアン。ロートン家の下働きとして敷地内に居を構えているひとり親の母に育てられ、ジェイスンとダイアンの唯一の親友として育った主人公のタイラー。この3人の人生の物語である。3人の心に深い影を落とすのが、権力者である「父」E・Dの存在と、時間封鎖の体験。彼らはそれぞれにそれらと向き合い、あるいは避け、あるいは別の強力な存在を追い求める。時に彼らは離れ、時によりそい、人生の流れの中に生きる。それは普通の宇宙での長い長い旅の中にあるひとつの物語。
 滅びの予感の中にある人々のあがきであり、救いの模索である。
 果たして、救いはあるのか?

 時間封鎖というひとつの状況と、いくつかの「すでにある科学」の延長だけで、驚くべき物語と、驚愕的なクライマックスが用意されている。

 絶対読んだ方がいい。みじんもクライマックスまでの気配を伝えたくない。書きたくない。
 これはおもしろいよお。

 ちなみに、あとがきにもあるが、グレッグ・イーガンの「宇宙消失」と状況は似ているけれど、「宇宙消失」は観察者問題が鍵になっているのに対し、「時間封鎖」の方は、ある意味で古典的なSFである。読みやすいのはこちらだ。

ヒューゴー賞受賞作品






(2008.12.11)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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