はるの魂 丸目はるのSF論評


犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
TO SAY NOTHING OF THE DOG

コニー・ウィルス
1998



「神は細部に宿る」という言葉を知ったのはいつのことだっただろう。「雑事に手抜きをしてはいい仕事はできない」というのは、高校1年生のときに先輩に聞かされた言葉である。大局で仕事をしたかったら、小さな雑事をおろそかにしてはいけないし、人任せにしてばかりではいけないということだ。だからかも知れないが、いまだに私は雪かきのような仕事をしている。ついつい小さな雑事に目が行ってしまい、そっちを片付けないと大局に行けない癖がついてしまったようである。そういうときの言い訳が「神は細部に宿る」なのである。本来の意味とは違っているのだけれどね。そうそう「雪かき」というのは、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」で主人公が自分の仕事について語る言葉である。なかなかによい。そういえば、村上春樹の「1Q84」という作品が発売されて、ものすごく売れているらしい。読もうと思って本屋さんに行ったけれど、完売していた。すごいものである。そう思いながらうふと目の前の本棚に目をやると「89」という作品が目に入った。こちらは橋本治のエッセイ。結構分厚い本である。1980年代後半というのはいろんなことが起きた頃であるが、自分がちょうど大学生であったり、社会人になったりと変化の大きい時期だったので、よけいにそう思うのかもしれない。そういえば「バブルへGO!」というタイムスリップものの映画があった。21世紀冒頭に、バブルの崩壊を止めようと、偶然80年代に発明されたタイムマシンを使ってバブル全盛期に戻るという映画である。まあ、あほな映画なんだが、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のパロディ的な要素もあるという。でも私は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を見ていないので、どこがパロディだか分からない。ということで、「犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」の話である。2057年のイギリスの大学では、第二次世界大戦で消失したコヴェントリー大聖堂を復元させる計画でてんやわんやの状態であった。主人公のネッド・ヘンリー君は行方不明の「主教の鳥株」のゆくえを求めて、過去を何度も飛ばされる。このタイムトラベルは、過去から空気や微生物程度のもの以外持ち帰れないようになっているだけでなく、時空が崩壊しないようなしくみが科学者と時空そのものの仕組みによってできているのだけれど、なぜだか歴史が改変され時空が崩壊しかねないできごとが起きてしまう。その重要なポイントが1888年。ヴィクトリア朝のオックスフォード近郊である。時代差ぼけのネッド・ヘンリー君、ぼんやりした状態のままに、世界を崩壊から守るため何とかしたいと必死であっちこっちをさまようはめに。木を見て森を見ず、森を見て木を見ず…。どうして犬は勘定に入らないのか、犬について語ることは何もないのだけれど、犬と猫も大活躍。笑いあり、涙あり、歴史あり、パロディあり。パロディって元ネタを知らないと楽しさ半減なのだ。だから、どうして犬は勘定に入らないのかが分からなかったりするけれど、そういう難しいところは読み飛ばしても大丈夫。それなりの楽しみ方はできるから。後半になるにつれ「推理小説」的要素も出てきて、謎は最後に解かれるのだけれど、犯人はおまえだ!というあたりは、あまり期待できないのである。大団円になることは請け合い。でも、読み飛ばすにしても、目は通してね。「神は細部に宿る」のだから。


ヒューゴー賞・ローカス賞受賞作品



(2009.06.05)




TEXT:丸目はる
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