はるの魂 丸目はるのSF論評


未来医師
DR.FUTURITY

フィリップ・K・ディック
1960



 まだ、未訳の作品が翻訳されるのだ。2010年になって、50年前のSF作品が初訳される。すごいことだ。さすがはディック。ありがとう、創元社! さっそく買って読みました。
 作品が発表された1960年からすると50年後の未来に話がはじまる。2010年代の医師パーソンズが、突然、2405年にタイム・スリップしてしまう。そこは、混血が進み、人種の差がなく、戦争がない社会。そして、寿命がとても短く、医療というものがまったく存在しない世界であった。科学技術はそれなりに進んでいるのに、なぜ、寿命が短いのか、なぜ、医療が存在しないのか? パーソンズは困惑する。しかし、その困惑をよそに、パーソンズはさまざまな事件に巻き込まれる。それは、25世紀の人々の哲学と覇権をかけた戦いであった。なぜ、パーソンズはタイム・スリップしたのか、そして、帰ることはできるのか、時を超えた長い旅がはじまる。
 破綻のあまりない作品である。ディックにつきものの、物語や意識のスリップはない。タイム・スリップものだから、きれいな作品に仕上がっているのだろうか。では、そういうディック特有のアクがないからといって駄作かといえば、そうではない。やはり、そこはディックである。「おばあさんのジレンマ」をうまく使って、変容する世界をうまく整えている。ディック初心者にはおすすめの作品。
 1960年の作品であるが故に、古い「今」、古い「未来」となっているが、作品そのものは決して古くない。古典的だが、ディック的であり、出てくるガジェットを読み替えれば、十分今日でも通用する作品である。
 さすがディック。
 ディックをとっつきにくい作家だと思っている方は、この「気楽」な作品をぜひ読んで欲しい。

(2010.06.30)




TEXT:丸目はる
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