1997年2月にクローン羊「ドリー」がイギリスで生まれ、世界中のマスコミをにぎわしました。1999年になって、日本の各地で受精卵クローン牛が販売されていたことが話題になりました。さらに、時の農水大臣が「クローンは一卵性双生児と同じだから一卵性双生牛と呼ぼう」などと発言しています。さらに、愛称募集などを行って、社会への定着をはかろうとしています。クローン技術や遺伝子組み換え技術など、最近の食糧生産はバイオテクノロジーと結びついて一見難しくなりました。ここでは、クローン技術の基本と問題点について整理してみます。 【クローンってなに?】 たとえば、大腸菌などの多くは分裂によって数をふやします。オスやメスの区別はありません。このように無性的に生まれた個体は元の「親」と「子」は突然変異が起こらない限り遺伝的にも形質的にもまったく同じです。「子」同士もまったく同じです。このように遺伝子も遺伝形質もまったく同じ生命体(群)のことをクローンと呼びます。 ところで、人間をはじめほ乳類やは虫類、鳥類、昆虫類などはオスとメスの区別があります。子どもはオスとメスの遺伝子がまざり合っています。「子」はどちらの「親」とも似ていますが、遺伝子も遺伝形質もちがいます。 話題になっているクローン技術は、ほ乳類などを無性的に繁殖させ、まったく同じ個体をいくつも生みだそうというものです。これまでに、マウス、ラット、ウサギ、羊、山羊、牛、豚やミドリザルなどがクローン技術で生まれています。 【牛のクローン】 99年に販売されているクローン牛肉は、受精卵クローン牛の肉です。 クローン技術には、大きく分けて受精卵クローンと体細胞クローンがあります。また、クローンとは違いますが、一卵性双生牛というのもあります。この3つを牛の場合を例に簡単に説明します。 ●受精卵クローン牛 1個の受精卵を人工的に増やす方法です。一卵性双生児と同じと言っていますが、ちがう点もあります。それについてはのちほど説明します。まずは、作り方です。 1:精子と卵子が合わさってできた受精卵は、その後核が分裂して成長をはじめます。その分裂した核をばらばらにして取りだします。 2:別のメスの未受精卵を取りだし、それぞれ核を除きます。 3:1で取り出した核1個を2の核のない未受精卵1個に埋め込みます。電気的な刺激や化学的な刺激を与えて、受精したのと同じような状態にします。 4:3は分裂をはじめます。分裂をはじめた胚(育ちはじめた受精卵)をメスの子宮に入れ、妊娠させたのと同じにします。 5:そのメスの体内で育った受精卵クローン牛が出産されます。 ※クローン受精卵を何個もつくり、それぞれメスの子宮に戻せば何頭ものクローン牛が生まれます。 ●体細胞クローン 最初は1個の細胞である受精卵が、成長するにしたがって心臓や目や手、血管や神経などに分化していきます。この一度分化した細胞の核を、なんらかの方法で元の何にでもなれる細胞の状態に戻して、受精卵と同じように育てます。 1:たとえば耳の細胞を用意します。 2:細胞の中の核を抜き取って、何にでもなれる状態にします。 3:受精卵クローンと同じように核を抜き取った未受精卵に何にでもなれる状態の核を埋め込んで受精卵と同じ状態にします。あとは、受精卵クローンと同じです。 ●一卵性双生牛 受精卵クローンと体細胞クローンは、核を別の未受精卵に移植します。そこで、受精卵核移植とか体細胞核移植と呼ばれます。それとはちがい、核を移植しない方法でクローンと同じように遺伝子や遺伝形質が同じ牛を作る方法があります。 分裂をはじめた受精卵をばらばらにして別のメス牛の子宮に入れ、妊娠・出産させるのです。すると、一卵性双生牛が生まれることになります。この方法は、以前から行われ、実際に流通していると考えられます。ただしこの場合は、受精卵が1回か2回つまり、2個か4個までが限界で、それ以上分裂した胚では育ちません。 【クローンは一卵性双生児か?】 受精卵クローンと一卵性双生牛の違いは、核移植をしているかどうかです。実はここにちがいがあります。私を含めた生命の遺伝情報は、主に核の中にあります。けれども、細胞質の中でエネルギーを生み出す役割を果たしているミトコンドリアの遺伝情報はミトコンドリア自身が持っています。そこで、核移植をすると、ミトコンドリアは未受精卵由来のものとなり、最初の受精卵のものとは異なります。 このミトコンドリアがちがうとどうなるか、正直なところよく分かりません。 特に問題ないという人もいます。どうなるのかは、これからクローン個体が増えてくると分かるかも知れません。 【体細胞クローンは、若いお年寄り?】 SF小説などで「クローン人間」が出てきたり、映画「ジュラシックパーク」のように絶滅した動物の細胞を使って生きた個体を復活させるおとぎ話があります。これが体細胞クローンです。イギリスのクローン羊ドリーが騒がれたのも、これが受精卵クローンではなく体細胞クローンだったからです。 この技術は一度分化した細胞を元に戻してから使うため、生まれた子にどんな影響があらわれるか分かりません。最近の研究で生まれたときにすでに親が過ごした時間が細胞に刻まれていて、寿命が短くなるという問題も指摘されています。 ちなみに、日本では体細胞クローン牛が18の研究機関で98頭生まれています(99年9月末、農水省まとめ)。しかし、体細胞クローン牛の肉販売については自粛するよう農水省から求められています。体細胞クローンはまだまだ未知の領域なのです。 【クローン技術の安全性】 受精卵クローン牛と普通の牛の区別をつけることは、今のところまったく不可能です。遺伝子組み換えのような「ちがい」が調べられないからです。そのため「食品の安全性は保たれる」とされています。クローン技術については、「食品の安全性」よりも社会の中に受け入れるかいれないかという問題があると思います。問題点を整理しました。 ●家畜クローンの危険性 たくさん乳を出す牛や、肉の品質がよくて少ないエサで早く大きくなる牛をクローン技術でたくさん生み出せば効率的だといいます。また、同じ性質の牛や豚ばかりならば、管理も楽になりそうです。 ところが、同じ遺伝子を持つものがたくさん同じ場所にいるというのはとても危険なことです。同じ遺伝子、同じ遺伝形質を持つ牛や豚は、同じ欠点もあります。同じ病気にかかりやすいことになります。おそらく、病気を防ぐための対策にこれまで以上に頭を悩ますことになるでしょう。また、一気に全滅したり、病原菌を大量に培養する結果にもなりかねません。すでに、病原性大腸菌O−157のように、家畜の大量飼育や薬剤投与などの結果生まれた病原菌も少なくありません。家畜クローンは生命体とつきあう方法としては間違った安易な工業的発想だと考えます。 ●ほ乳類→クローン臓器、クローン人間 健康と長寿、不老不死、生まれ変わりは人類の欲望の中でも根深いものです。古来様々な方法が考えられてきました。クローン技術は、その欲望の箱を今までより大きく開ける可能性を持っています。自分と同じで若く健康な臓器があれば、移植はこれまでより簡単になります。また、死んだ有名人や祖先と同じ遺伝子を持つ子どもを生み出すことも可能になります。 すでに、原理的には可能です。 クローン技術に限らず、私たちはバイオテクノロジーによって多くの欲望の箱を開けてきました。それは、病気の人には健康をもたらしています。子どもができない夫婦に子どもをなしています。それを否定することはできません。 しかし、クローン技術は高い倫理観を要求します。私たちは、この技術を受け止めるだけの準備ができているのでしょうか。 |