いまさら聞けない勉強室
テーマ:カドミウムと日本とお米

牧下圭貴

■イタイイタイ病
 1968年当時の厚生省によって日本の公害病第一号として認定されたイタイイタイ病は、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそくとともに日本の4大公害病として教科書などに載っています。
 イタイイタイ病は、岐阜県から富山県に流れる神通川流域で起きたカドミウムによる人体被害です。上流部に神岡鉱山などの亜鉛鉱山があり鉱石にふくまれたカドミウムが精製時に川に流れ、農業用水を通って、米、大豆などの作物に吸収されました。カドミウムがふくまれた水を飲み、米や大豆を食べ続けた人たちの身体にカドミウムが蓄積し、腎臓を害し、カルシウムの再吸収がうまくできなくなって骨折しやすくなりました。症状がすすむと触るだけで骨が折れるようになり、患者が「痛い痛い」と言うことから「イタイイタイ病」と呼ばれます。
 鉱山は、16世紀末に開かれ、大正時代にはイタイイタイ病が発生していたとされています。その後、戦争や戦後の高度成長期になるにつれ採掘量は増え、川に流されるカドミウムの量も増え、被害が広がりました。
 認定されたイタイイタイ病の患者は184人(2000年5月現在)ですが、カドミウムは長期間人体に蓄積され続けるため、今後も患者数は増えることがあります。また、イタイイタイ病にならなくても腎臓障害などカドミウムによる健康障害が考えられます。

■カドミウムと産業
 カドミウムは原子番号48、Cdと記載される重金属です。自然界に普通に存在しますが、火山地域や鉱山では多く見られます。神岡鉱山のように亜鉛や鉛の鉱山で、かつてカドミウムは不純物でしたが、メッキや電極など産業に使用されるようになるとカドミウムを目的とした採掘がされるようになりました。日本はカドミウムの生産国であり、また、輸出国として1970年代〜80年代前半には生産量の半分ほどを輸出していました。
 カドミウムは、メッキや電極、電気器具、塩化ビニルの安定剤や半導体、顔料などに使われます(塩ビには近年使用されなくなりました)。さらに、携帯電話など充電式の小型通信機器、電気機器の登場によってニッカド電池(充電池)の需要が高まりました。
 1980年代後半から輸出量は激減し、ほとんどなくなります。そして、輸入が急増し、生産量をはるかに超える量が輸入されるようになりました。そのうち多くの割合がニッカド電池生産に使われました。日本は世界一のカドミウム消費国になっています。
 現在では、ニッケル水素電池などカドミウムを使わない充電池が急速に拡大していますが、まだまだ日常のいたるところでニッカド電池を見ることができます。

■カドミウムの毒性
 カドミウムの人体障害はイタイイタイ病だけではありません。カドミウムは微量にとり続けても排出されにくく、身体に蓄積し続けます。そして、ある一定量を超えたところで、腎臓機能を徐々に破壊し、腎尿細管障害、骨軟化症、骨粗鬆症、死亡リスクの増加が起こります。
 カドミウムは身体に蓄積してはじめて障害を起こしますので、年齢が高くなってから影響が出ます。特に、女性の場合、鉄分不足、出産によるカルシウム低下などにより、影響が大きくなります。
 なお、食事や飲用水からのカドミウム摂取だけでなく、たばこに含まれるカドミウムが肺を通じて吸収されます。喫煙者の方がカドミウム蓄積量は大きくなります。さらに、カドミウムが肺から吸収されることで、肺ガンを誘発しやすいことが明らかになっています。

■カドミウムと日本人
 日本人は非汚染地区に住んでいる人でも、1日平均約50μg(0.05mg)を食事や飲み物を通して摂取しています。世界的には、10〜40μgだとされており、ヨーロッパでは
10μg以下というところもあります。私達は摂取量の多い地域に住んでいることが分かります。現状で、人口中数%の人がカドミウムによる腎尿細管異常を生じていると考えられます。
 日本に暮らす以上、カドミウムについてこれ以上摂取量を増やさないように対処することが必要です。
 カドミウムは、ほとんどの食品に含まれますが、貝類や動物の内臓に高く存在します。私達の主食である米にも含まれます。もちろん、水や土の影響を受けてカドミウム濃度は異なります。多くの日本人の場合、米からのカドミウム摂取が問題になります。もちろん、麦ばかり食べるのなら、麦のカドミウム摂取量が問題になります。

■カドミウムと米
 日本では、玄米中1ppm(1μg/g)のカドミウムが存在する場合、「食品衛生法」の規制で出荷、販売できません。焼却処分されます。また、0.4ppm以上のカドミウムが存在する場合、食糧庁が出荷を停止し、買い取って非食用用途に使用することとなっています。
 さらに、玄米中1ppm以上の濃度が確認された農地とその周辺地域は「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」によって汚染対策地域となり、汚染防止や除去が行われることになります。
 田んぼに使われるたい肥についても、肥料取締法により5ppmという規制があり、現在、さらに厳しくするため検討中です。
 玄米を精米し、日常的に食べる精米ベースでは、平均約0.05ppmという調査があります。
 なお、水道水の基準は0.01ppm、排水基準は0.1ppmとなっています。

■国際規格と日本の基準
 カドミウムについても、WHO/FAOコーデックス委員会による国際規格が決められようとしています。国や地域、民族、文化によって、食べるもの、食べるものの量が異なるため、品目別許容濃度の統一的な基準づくりは、カドミウムに限らず常に難しい問題になります。
 しかし、米でみてみると、現在、米・小麦(玄米・玄麦ベース)で0.2ppmにしようという動きになっています。日本では、1ppm(実質的には0.4ppm)ですから、国際基準の方が低いことになります。
 一市民として歓迎したいことですが、ひとつ大きな問題があります。
 日本の米のカドミウム濃度を調べると、0.2ppmを超えるものが相当数出てくることになります。一方、アメリカや中国などの輸入米は0.01ppmぐらいだそうです。ポストハーベスト農薬、地域の環境問題などでは国産米が輸入米に劣ることはありません。ただカドミウム濃度については、国産米の立場が悪くなります。

■日本に住む者として
 まず、第一に、日本がカドミウムの世界最大消費国だということです。ただでさえ、カドミウムを摂取しやすい日本で、大量にカドミウムを輸入し、ニッカド電池をはじめ、産業に、生活に使用しています。ニッカド電池がいい例ですが、リサイクルすることになっていても、実際には、ごみとなって焼却されたり、埋め立てられたり、不法投棄されています。それが、さらに空気や土や水を汚染しています。私達は、自ら首を絞めているのです。そのことを忘れては、何も解決できません。
 解決のひとつは、カドミウム生産、輸入、製品消費量を減らすことです。
 次に、すでに出回っているニッカド電池をはじめ、カドミウム製品を他のごみと分別し、空気や土や水など環境中に放出しないようにすることです。
 入り口を防ぐことは、私達の健康にとって急務です。産業界、行政、研究機関、市民が、取り組まなければなりません。
 そして、米や貝類、魚類、豆類など摂取量が多くて、カドミウムが比較的多くなりやすい食品はできるかぎりモニタリングし、濃度に応じて対策をとり、そのことを公表するしくみをつくりながら、人体と環境中のカドミウム量を少しずつ減らしていくしかありません。この地域・時代に暮らす以上、食品のカドミウム濃度はすでにある大きな問題として冷静に対応するほかないようです。

■参考
●国立医薬品食品研究所
 http://www.nihs.go.jp/index-j.html
 環境保健クライテリア 134
 http://www.nihs.go.jp/DCBI/PUBLIST/ehchsg/ehctran/tran1/cadmium.html

●富山医科薬科大学医学部公衆衛生学教室
 http://www.toyama-mpu.ac.jp/md/pubhlth/
 イタイイタイ病とカドミウム汚染による人体影響
 http://www.toyama-mpu.ac.jp/md/pubhlth/ibyo1.html

●里見宏氏(健康情報研究センター)による
 「提携米ネットワークセミナー・どうなるカドミウムの国際基準」
講演も参考にさせていただきました。

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